2008年9月10日水曜日

秋香る

生徒の皆さんおはようございます。お盆を過ぎた頃から、異常気象とも云われた暑さが少しずつ和らぎましたね。9月に入って暑さがぶり返すのではないかと云われていましたが、このまま行くと、穏やかな秋になりそうです。

ところで、秋と云えば実りの秋。日本の主食であるお米も黄金色に色づき、更に秋の野菜、ジャガイモ、里芋、サツマイモ、牛蒡、ブロッコリー、等根菜類が、そして果物、イチジク、なし、栗、が店頭に並んでいます。お魚も、秋の魚、青物が中心になり、鰺、サンマ、はまちなど、塩焼きにすると美味しい魚が目立ってきました。かつて、私達が子どもの頃、今のようにガスレンジや、電子レンジなどのように便利なものはありませんでしたから、それぞれの家庭で、七輪に火をおこし、庭先で、あるいは玄関の外で、魚の脂を含んだ煙にまみれながら、鰺やサンマを焼く風景が見られ、新米をほおばりながら家族の団らんが想像される風景がそこかしこに見られたものでした。子ども達の遊びも、この頃から変わるのです。真っ黒に日焼けした子ども達が集団で、お宮やちょっとした広場に集まり、メンコにビー玉、缶蹴りや鬼ごっこで遊びます。山に登れば、野栗やアケビ、山梨や、ムカゴを取りに出掛け、日暮れ前に広場に帰ってみんなで分け合い、家に持ち帰ったものでした。

塾に行くわけでもなく、(とは言っても塾そのものがなかったのです。)学校が終わると、クラブ活動をして、家に帰り、鞄をほおり投げて、仲間と交わした秘密の場所に集まるのです。何をするわけでもなくただ一緒にいて、次の日曜日は何処に行こう、何をしよう、そんな会話で日が暮れて、家に帰ると、家族が一緒になって秋の味覚をみんなで食べます。テレビもなく、ラジオに耳を傾け、母は食事の後始末、それを姉がお手伝い。父は、仏間で読書、そして兄はいつの間にかいなくなり、下の子ども達がごそごそして喧嘩が始まる。何処にもある、ごく普通の風景、そんな家族の団らんが、この日本の至る所で何百年にもわたって営まれ、そしてそれを当たり前として生活してきた私達。

いつの頃からか、子ども達が塾に通い始める。始まりは硬筆の塾、ピアノの塾、そろばん塾、そういった教養の基礎となるようなものからいつの間にか、高校受験のための、そして中学受験のための受験塾、そして今では幼稚園、小学校に入学するための受験塾まで。そしていつの頃からか、お宮の境内は雑草に覆われ、時々老人のゲートボール。子ども達であふれていた広場には、無造作に捨てられた家庭ゴミや空き缶の山。無邪気な子ども達の笑い声や鳴き声が消えたその場所に立つとき、かつての思い出が頭の中をよぎるのです。貧しかったあの頃の私達、そして便利で豊かになった時代の貴女たち、どちらがいいというのではないのです。

日本の四季をいつも感じながら自然と共にあった家族、そして自然を自ら捨てて生きる家族、その双方を体験した私達が子ども達になすべきことがもっとあるのではないか、これでいいのかといつも問うているのです。さて、これで本日の話は終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。
                    (9月10日 合同朝礼)