<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556</id><updated>2012-02-17T00:23:26.603+09:00</updated><title type='text'>安田女子中学校</title><subtitle type='html'>安田女子中学校の訓話を紹介します。</subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>86</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-8853049695326857892</id><published>2011-12-17T14:46:00.000+09:00</published><updated>2011-12-17T14:48:09.286+09:00</updated><title type='text'>歳月について考える</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。早いもので、明日からもう師走。歳月は人を待たずという言葉がありますように、時は人間の意識に関係なく確実に流れてゆくようです。この歳月とは、時間とは、どのように概念づけられているのでしょうか。一日は地球の自転、すなわち日の出から日の入り12時間、日の入りから日の出までの12時間、計24時間を24分割した長さを1時間とし、一時間を60分、１分を60分割して１秒という単位を設定しています。そして、太陽が天球を一巡する周期365・24日を1年とし、私たちはこの1年の中で様々な節目の日を設け、更にユダヤ教の安息日を日曜日にして生活をしているわけです。時間だけでなく、距離の問題についてみますと、その基準を地球の子午線におき、1メートルを子午線の4千万分の1として設定されています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、この時期になりますといつも、「早いものでもう師走」、あるいは「年の瀬が迫りましたね」というのが挨拶になりますが、皆さんの中には、歳月の流れが大変緩やかに、もしくは遅く感じる人がいるかもしれません。確かに、先生方でも、30代の先生にとって1年は緩やかで、乗り物に例えると、乗り合いのバスの速さくらいかもしれませんが、40代になるとそのスピードが増し、機関車に、50代は新幹線、60代は飛行機で、70代はまだ体験していないのでわかりませんがきっと、ジェット機並みになる速さで時が過ぎてゆくのだと想像するのです。すなわち、時間は年齢によって、人によって、環境によって、様々な側面で感じ方に違いがあるようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;初めに述べましたように、時間という概念は普遍的なものであり、いついかなる時でも、人間の意識に関係なく流れてゆくものなのですが、なぜその時間を人間は早く感じたり、緩やかに感じたりするのでしょうか。それは私たち人間の感覚の作用に原因があるわけですが、このような日常の身近な問題について生徒のみなさんが興味を抱き、疑問を抱いて調査していただきたいと思っているのです。小学校であろうが、中学校であろうが学問の入り口というのは私たちの身近にある自然界の動きに対して疑問を持つことが大切であり、その疑問に対して問い続けることによってすべての発明や発見はなされているのです。皆さんがよく知っているニュートンの万有引力の発見はリンゴが木から落ちる風景を見たからだといわれています。私たちは物が落ちる風景にはたくさん出会います。学校で机の上に置いた鉛筆が床に落ちる、バトン部の生徒が練習でバトンを落とす。その時、なぜという疑問を持っていれば、そこから発明や発見は始まるのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;皆さんの持っている理科の教科書はそのような疑問から生じた発見の宝庫です。いつか将来、皆さんの疑問から生じた新しい発見結果が教科書に載る日が来るかもしれません。そんな日が来たらいいですね。先生方は皆、その日を夢見て皆さんを見つめ、そして今年も暮れようとしているのです。&lt;br /&gt;さて、本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　（１１月３０日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-8853049695326857892?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8853049695326857892'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8853049695326857892'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/12/blog-post_17.html' title='歳月について考える'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-26058332425884709</id><published>2011-12-17T14:44:00.001+09:00</published><updated>2011-12-17T14:46:17.149+09:00</updated><title type='text'>読書の秋に長編小説に挑戦しよう</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。秋の夜長を皆さんはどのように過ごしているのでしょうか。第3試験の皆さんの結果を見せていただきましたが、少し油断をしている人が増えた気がします。気を引き締めて、夕食後の午後8時から12時くらいまでは皆、自分の机に向かい、学習に励んでください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、秋といえば読書ですが皆、どのような本を読んでいるのでしょうか。現在は、便利な機器が発売されており、本をめくって活字を追うのではなく、パソコンや、携帯で読んでいる人もいることでしょう。そのような人も含めて、すべての生徒の皆さんに、ぜひ挑戦してほしいことがあります。それは、この秋の夜長を長編小説あるいは随筆などをじっくりと読む機会を持っていただきたいということです。世界文学全集でも、日本文学全集でも、歴史の本、何でもいいですから一枚一枚ページをめくってじっくり読む時間を持ちたいものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私的なことで恐縮ですが、私が初めて長編小説に挑んだきっかけと読んだ本について皆さんに紹介してみたいと思います。それは中学2年のちょうど今時のことです。世界文学全集が父の部屋にあり、その中の1冊、コナン・ドイル著のシャーロックホームズの冒険を取り出して読んでいると、日ごろはそばに行くだけで怖かった父が、何かしら優しい目で、「何を読んでいるのか」と声をかけてきました。日頃はまともに父と話などしたこともなかったので、緊張しながら「この本は面白い」というと、にこっと笑って父の部屋に入ってゆきました。そして次の日、「その本が読み終わったらこれを読んでみるといい」と言って手渡してくれた本があるのです。それはパールバック女史の『大地』という本でした。その本の分厚さに圧倒されそうになりましたが、怖い父親が初めて優しいまなざしで私に本を紹介してくれたこともあって、何とか読んで見ようと思い、机に向かいました。読み始めてしばらくすると、もはやその内容のスケールの大きさに圧倒され、時間のたつのを忘れ、夜は布団の中に入って読みふけり、気が付くといつの間にか眠っているという具合であったように思います。今でも主人公の王龍が地主の家に自分の妻となる女性をもらいに行く風景、そしてその彼女が当時の清の女性の風習である纏足をしていないことへの落胆した彼の気持ち、作物が実って安堵の気持ちになった時、イナゴの大群がその畑を襲う風景、まるで目の前に見えるようなすばらしい表現に吸い込まれ時の過ぎるのを忘れていました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、ディケンズの二都物語等次々教えてもらい、中3、高校の時代は世界文学全集に並行して日本文学全集を読み漁っていました。私の片目だけがひどく近視になったのは、その頃、布団に入って少し首を傾げて読む習慣からではないかと思っています。ともあれ、一冊の長編小説『大地』は自分の思考の基本のようなものを作ってくれた気がします。それほどその本は大きな影響を私に残しました。皆さんも是非、長編読破に挑戦してみてください。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１１月９日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-26058332425884709?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/26058332425884709'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/26058332425884709'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/12/blog-post.html' title='読書の秋に長編小説に挑戦しよう'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-8251734554545368739</id><published>2011-11-29T15:14:00.000+09:00</published><updated>2011-11-29T15:16:17.318+09:00</updated><title type='text'>文化の日に</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。明日は文化の日で祭日です。明日は、これまで日本の文化活動に大きく貢献した人々に文化勲章が授けられます。本年の受賞者は赤崎勇、大樋年朗、丸谷才一、三谷太一郎、柳田充弘ですね。ところで、初めて文化勲章に輝いた女性はだれか知っていますか。その人の名は上村松園といって、日本画の大家です。本日は文化勲章女性第一号である彼女について少しふれてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼女の芸風は生涯一貫して変わることなく、日本女性の品位溢れる美しさを描いておられますが、そのことについて彼女は『青眉抄』という彼女の記した本の中で「私は日本女性の冒しがたい凛とした姿を表現したいと思いました」と述べています。ところが彼女の全作品中でたった一点、女性の激しい怨念というか、嫉妬心というようなものを表現した作品、即ち『源氏物語』の中に登場する女性「六条御息所」の姿を描いた｢焔｣という作品があるのです。これは、葵上を訪ねて自分のところに来なくなった主人公光源氏への未練と、激しい嫉妬心、そして、その悲しい運命を誰にも告げることの出来ない己を呪ううちに、次第に般若の形相になる一瞬を描いた秀作です。彼女はこの作品について次のように述べています。「私はその頃、一人の女性として生きるか、それとも芸術家として生きるかの狭間で苦悩していました。どちらを選択するべきか迷いながら作品の制作に打ちこんでいるうちに、あのような激しい作品になったのです。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;絹の上に描かれた六条御息所の立ち姿、嫉妬でやせた白くそして細い手、目には白目のところを裏ごしといって、日本画用の絹地の裏から銀を鈍い光を放つような塗りこみがなされ、（現在は銀が化学変化して黒ずんでいます）凄い迫力で迫ってきます。上村松園はちょうどその頃、おなかの中に明かすことの出来ない人の子どもを宿していたのです。結局、彼女は最後までその父親の名前を明かすことなく、芸術家として生きることを選択し、当時は社会の激しい批判にさらされる未婚の母となり、芸術に一生を捧げました。この作品以後は、迷いはなく日常の生活風景から日本女性の美しさ、母親の暖かさなどを描き、1949年、女性として第一号の文化勲章を授与されています。彼女の作品の中にこの季節の女性の生活を描いた作品として晩秋という、障子紙の張り替え、修繕をしている姿を描いたものがあります。群青に胡粉を混ぜて秋の空のような無地の着物を着た慈愛にあふれた母の姿がとても印象的です。ぜひ図書館でその作品を見てください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、3年生の皆さん、天才といわれた彼女でさえも常に作品の制作に当たり悩みに悩み、努力に努力を重ねていることに気づいてください。青春真っ只中の皆さんにとって勉強を継続するというのは辛いことでしょうが、今、回りにいる友と松園に負けない激しい努力をしてください。また一、二年生の皆さん、勉学にクラブ活動に、仲間と共に精一杯頑張っていただきたいと思います。&lt;br /&gt;さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１１月２日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-8251734554545368739?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8251734554545368739'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8251734554545368739'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/11/blog-post_7337.html' title='文化の日に'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-7008113993947552500</id><published>2011-11-29T15:12:00.000+09:00</published><updated>2011-11-29T15:14:33.073+09:00</updated><title type='text'>後期の始まりに</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。秋休みが終わり、新しい気持ちで皆さんと元気に再開できたことを喜びたいと思います。&lt;br /&gt;さて、3年生の皆さん、皆さんは今、クラブの試合などもなくなり、なにか緊張感の持てない日々が来ているのではなかろうかと思います。校長訓話でお話ししましたように今、公立の中学3年生は皆、緊張感を持って激しく高校受験の学習をしています。塾の教室をのぞいてみますと、生徒たちは必死になって先生のいうことに耳を傾け、その日学習したことをすぐにテストし、週末には1週間で学習したことを活用した試験問題に挑戦し、目標の高校に行こうと必死になって頑張っている様子がうかがえました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;全国の中学3年生が皆、寸暇を惜しんで頑張っているのです。そのことを忘れて浮ついた気持ちでこの半年を過ごすと、皆さんが何のためにわざわざ私立中学に挑戦したかの意味が解らなくなってしまいます。先生方が最も心配しているのは中学3年、そして4年生の中だるみであり、これをいかに追放するかということです。4年生の諸君はこの秋休み80%の生徒が学校に来て学習したと聞いています。皆さんも先輩を見習って、後輩に見つめられるにふさわしい中学3年生になるように、頑張ってください。2年生の皆さん、歳月は人を待たず、中学校3年間はあっという間に過ぎるのです。もう半分が終わりました。気を緩めないでなすべきことをなす。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さらに安田の良い文化をしっかりと身に着けるのはこの2年生の1年間にあると思います。何故礼儀作法は必要なのか、なぜ品格のよい言葉を語るべきなのか、なぜお掃除をしっかりすべきなのか、などなどの意義を自ら問うてみてください。そして納得して行動するように心がけていただきたいと思います。1年生の皆さん、もう半年が過ぎました、皆さんはもはや立派な安田生です。先生方が言われることをしっかりと守り、安田学園の心を身に着けていただきたいと思います。本学で学ぶことに誇りを持ちよき仲間を求め、さらに仲間から求められる青春になるよう頑張りましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、最近、またインフルエンザが流行し始めました。本学園は2年前に本当に大変な苦労をいたしましたが、そのことを思い出して、手洗い、うがいを常に心がけ、健康に留意しながら、楽しくも緊張感あふれる学園生活を皆で送るようにいたしましょう。体調がすぐれなくなったら、遠慮しないで先生と相談するなり、保健室に行って適切な指示を仰いで決して無理をしないようにしましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後に、先生方におかれましては、秋休みといっても実際は皆学校で仕事をされたわけで新しい気持ちになれないかもしれません。しかし生徒たちにとっては秋休みを終えて新しい気持ちで登校しているわけで、そのことを深く理解し、新しい心で授業に新鮮な息吹を吹き込んでいただきますようお願いいたします。&lt;br /&gt;さて、本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１０月２６日　後期始業式）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-7008113993947552500?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7008113993947552500'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7008113993947552500'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/11/blog-post_7239.html' title='後期の始まりに'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-9092598145845807120</id><published>2011-11-29T15:09:00.001+09:00</published><updated>2011-11-29T15:12:20.862+09:00</updated><title type='text'>前期終了　目標通りに進んでいるか考えよう</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。第3試験の終了とともに、前期が終わりました。皆さんにとって平成23年前期は充実した毎日でしたか。本日から4日間、秋休みに入りますが、この間に前期をしっかり振り返って、4月の初めに立てた計画通りに進んでいるか、計画倒れになっているかを確認し、改めて、後期に向けて新たな目標を掲げ、確実にその計画を進めるよう、体調や精神を整えていただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、皆さんの中には4月当初に立てた計画がうまく運んでいない人がいるのではないかと思います。その原因について、高校卒業後のアンケートや聞き取り調査に答えている内容がほとんど共通していることを知っていますか。その失敗の原因はなんだと思いますか。それは、携帯の使用方法にあると答えているのです。そこで、ここでは一人の生徒の失敗談を皆さんに紹介してみたいと思います。その女子生徒は中学校時代まことに優秀で、ベネッセの主催する試験やその他の有名塾の模擬試験でトップクラスにいつも名前が載っている生徒で、中学校の教師も保護者も彼女に大きな期待を寄せておられたようです。彼女が府内トップの公立高校に合格した時、かねてから約束していた携帯を両親から与えられ、その携帯を使用するにあたっていろんな約束をして活用しました。たとえば、学校では決して使用しない。塾などに行く時に自分の居場所がわかるように保護者に連絡する。自宅に帰ったら、勉強時間には携帯を切る、等です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1年の夏休みまで彼女はこの約束を守り、充実した高校生活を送っていましたが、夏休みが終わったころから、彼女の生活に少しずつ変化がみられるようになりました。彼女はクラスでも仲のいい友人から何かとメールで相談を受けていたのですが、彼女はいろんな場所でリーダーとして活躍をしていたこともあり、悩みの相談などを受けるとその返信をこまめにしていたのです。そのうち一人の親友が心に深い悩みを抱えるようになり、その相談を繰り返ししてくるようになり、いつの間にか与えられた時の約束を破って、親に内緒の本来なら学習をしている時間に、自分の勉強部屋でメールを交換するようになってしまったのです。友人のために、親切に思ってメールの返信をする。そのうちまたメールが入る。いつの間にか、学習に集中できなくなり、その友人の悩みが解決してメールがなくなると、反対に自分のほうからメールをし、学習している時間にメールが来るのを待つようになり、気が付けば受験生になってもその習慣から脱皮できなくなりました。成績は徐々に下がっていって、親とけんかになり、教師のいうことも耳に入らず、そして希望する大学にはことごとく失敗し、今、浪人しているというのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;携帯をうまく活用するのではなく携帯に振り回された青春が皆さんの周りに沢山いるという事実を考えて、改めて、携帯に振り回されないように、活用されることを願ってやみません。最も大切なことは、学習をするとき、身の回りをシンプルにして管理し、やるべき学習に一心不乱に集中できるようにすることです。後期はこの姿勢を全員でもって、取り組みましょう。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　（１０月２１日　前期終業式）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-9092598145845807120?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/9092598145845807120'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/9092598145845807120'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/11/blog-post_29.html' title='前期終了　目標通りに進んでいるか考えよう'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-5551769289186834099</id><published>2011-11-29T15:07:00.000+09:00</published><updated>2011-11-29T15:09:06.021+09:00</updated><title type='text'>文化祭について考える</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。今週末は文化祭ですね。今皆さんはその日のためにクラブで、クラスでいろいろと準備に追われていることでしょう。&lt;br /&gt;ところで、文化祭という文字は文化という単語と祭りという単語で構成されていますね。では文化祭とはいったいどのような意味なのでしょうか。また、どのようなことをする祭りなのでしょうか。生徒の皆さんにそんな素朴な疑問を抱いていただきたいと思うのです。学ぶものとしての基本的な態度は、素朴な疑問を抱き、それを明らかにしようとする姿勢です。文化とは何だろう、祭りとは何だろうと問いただして見ることが皆さんにふさわしい態度であると思います。本日はこの文化祭の本来の意味について皆さんに紹介をしてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　文化という単語を和英辞典で調べるとCulture(ｶﾙﾁｬｰ)という単語に至ります。では、カルチャーとはどのような意味なのでしょうか。今度は、英和辞典を引いてみましょう。そうすると、文化・文明という単語が出てきて、そのあとに、耕すという意味でもあると書いてあります。では、文化・文明と耕すとの関係はなんなのか、これもきっと皆さんは疑問に感じることでしょう。この疑問を解決する為には、カルチャーの語源を調べて見ることが必要なようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;文化の語源は古代ギリシアに発し、Cultia(ｶﾙﾃｨｱ)といいます。今、世界を震撼させている国家ギリシア、すなわち3000年も続いた国が消えるか消えないかの瀬戸際にあるあのギリシアという国で、今から約2500年以上も前に使われていた単語で、その当時は人間が自然界に働きかける、耕すという意味でした。それが、現在のイタリア・フランスなどのラテン語圏からイギリスの英語圏の国々で活用され、Culture(ｶﾙﾁｬｰ)即ち、人間が自然界に働きかけて生産される総てのものという意味になったのです。このような単語は江戸の時代には日本にはありませんでしたので明治になってこれを思想家西周（にしあまね）という人物が文化と翻訳したわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ですから、文化祭の本来の意味は、私たちが自然環境や社会環境に働きかけ、創造したものをお互いに発表し、その成果を喜ぶということになります。皆さんが今、この1年間の成果をまとめて発表しようとしている人も、何かおいしいものを作ってみんなに喜んでもらおうとしている人もみな文化活動をしているということになるのです。そして祭りですから、そのような活動を自分だけで楽しむのではなく、多くの人々とともに楽しもうということになります。文化祭の日はみんなで楽しく、そして外から来られる方々にも楽しんでいただくようにしたいものです。さて本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１０月５日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-5551769289186834099?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5551769289186834099'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5551769289186834099'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/11/blog-post.html' title='文化祭について考える'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-8720632813591009997</id><published>2011-10-28T10:43:00.001+09:00</published><updated>2011-10-28T10:45:33.583+09:00</updated><title type='text'>読書の秋にあなたはどんな本を読んでいるのでしょうか</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。朝夕、めっきり涼しくなり、日も早く暮れるようになりました。まさに読書の秋の到来です。日本人は昔から良く学問をする民族で、特に江戸時代は、武士だけではなく、総ての庶民が読書することに情熱を燃やしていたようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私達は学問することに苦痛を感じる人が多いようですが、江戸時代の学問所の風景はそうではありません。版画に画かれた寺子屋の風景には、子供達の闊達で自由な姿が画かれており、しかもその風景の殆どは庶民の姿です。江戸時代というのは世界で最も日本人が学問においてレベルの高かった時代であると言っても過言ではなく、識字率も世界一でした。当時現在のような印刷技術はなく、木版印刷が基本ですから、本は大変高価でした。例えば『史記』で約十五万円、馬琴などの人気作家の小説は一冊一万円もしたようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;普通の庶民は手を出せません。しかし、江戸には貧しい庶民でも本が読めるように、貸本屋が沢山あった。古本屋だけでも江戸町家に八百軒もあり、人々はそれを借りて回し読みをし、又書き写して学問したようです。江戸後期になると誰でも学問したいものは手の届くような大ベストセラーが出版されます。それは『経典余師』と云います。この本は漢文である『四書五経』をひら仮名で記し、誰でも解るように注釈を施したもので、「師いらず」の独習書です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この本の登場によって貧しい者でも書物から学ぶことができるようになった。民衆は学問することで豊かになれる、心が穏やかになれる、誰とでも対等になれると云うことを知っていた。だから必死で学問をしたのです。皆さんがよく知っている二宮尊徳という人がいます。背中に薪を背負い、本を片手に歩いている姿が、かつてどこの小学校にもありました。彼が読んでいるあの本は、この「師いらず」といわれた「経典余師」なのです。彼は小さい時に両親が亡くなり、叔父に育てられるのですが、夜遅くまで油をたいて本を読み、おじさんに叱られた。やむなく、山で薪を集め、畑で菜種を育てそれを町で売って油代を稼いで学問した。長じて農民哲学を樹立し、更に当時の大名が逼迫した藩の財政の立て直しを彼に依頼し、見事にその立て直しをする優れた経済学者にもなるのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学問への情熱といえばもう一人興味深いエピソードを紹介しましょう。江戸時代は江戸だけではなく、どの藩でも学問が盛んでした。北海道小樽の豪商であった渋田利右衛門と云う人物は豪商でしたが、自宅に図書館を作りその書物を民衆にただで貸し出し、食事の面倒までみていたといいます。彼は毎月江戸まで出向き、新しく発行された本を買って持ち帰った。その本屋に行くたびにそこには必ず一人の若者がいる。店員に聞くと彼は貧乏で本が買えないためいつも立ち読みをしているという。渋田はその彼に『あなたが私の変わりに本を読んで、そして気に入った本を私の家に送ってほしい。そうすれば手間は省けるし私も商売に専念できる』と云って、二百両の金を彼に渡したそうです。その彼こそ、後に日本の運命を開く勝海舟です。さて、皆さんは今どのような本を読んでいますか。さて本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。　『氷川清話』&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（９月２８日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-8720632813591009997?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8720632813591009997'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8720632813591009997'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/10/blog-post_3692.html' title='読書の秋にあなたはどんな本を読んでいるのでしょうか'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-7892709895039207569</id><published>2011-10-28T10:40:00.001+09:00</published><updated>2011-10-28T10:42:34.445+09:00</updated><title type='text'>暑さ寒さも彼岸まで</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。昔から、「暑さ寒さも彼岸まで」といって、冬の寒さがこれで終わる、夏の暑さが終わる。いい季節になる、種まきの季節春が来る、実りの秋になると私達の先祖は、この日が来るのを待ち望んだようです。9月23日は秋のお彼岸の中日となります。私達の先祖はこの日を1000年前から大切にしてきました。このお彼岸の中日はともに季節の変わり目、春分の日、秋分の日となります。この日はみんな春はぼた餅を作り、秋はおはぎを作って仏壇に供え、先祖に挨拶をする、お墓参りをする。では何故、私達日本人はこの時期にお墓参りをし、先祖を大切にするという行事を持ったのでしょうか。その理由は「お彼岸」という文字の中に隠されているようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼岸とは、インドサンスクリット語でパーラミタといい欲望を捨てた悟りの世界、西方浄土を意味しています。仏教では欲望に支配されたり、苦しみに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」（しがん）と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」といい、人間の求めるべき理想の世界としたのです。そしてその彼岸に至るために仏陀の弟子達が六つの戒めを説いて実践するように進めたのです。これを六波羅道(六つのパーラミタ)と云います。即ち、布施(ふせ)・持戒・忍辱(にんにく)・精進(しょうじん)・禅定(ぜんじょう)・智慧の六つです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この六つを総て実践することは困難ですので、この中の一つ、布施という修行の内、無財の七施という実践徳目がありますので、本日はこれを皆さんに紹介したいと思います。それは、慈眼施･･　温かい眼差しで接する、和顔施･･明るい笑顔、優しい微笑をたたえた笑顔で人に接する、言辞施･･心からの優しい言葉をかけていく、捨身施･･肉体を使って人のため、社会のために働くこと。心慮施･･「ありがとう」「すみません」などの感謝の言葉を述べる、床座施･･場所や席を譲り合う、房舎施･･訪ねてくる人があれば一宿一飯の施しを与え、労をねぎらう。お金がなくても、我が身一つで誰でもできる布施のことです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間の心はとても弱いのです。誘惑に負け、他人を羨み、責任を人になすりつけ、自分だけは悪くないと正当化して生きています。そして悲しい惨めな自分の空間を作りその中で迷っています。どう生きたらよいのかなかなか正しい判断はできません。それ故に仏の教えを信じて、今日から、みんなでこの七施の中のどれでもいい一つを実践してみましょう。そして皆さんの先祖に、そして親に、クラスの仲間に、そしてあなたの周りにいる友人に、感謝をしながら過ごしたいものです。せめてお彼岸の間でも心豊かに生きてください。&lt;br /&gt;「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉ともう一つ、「撒けよ撒け、仏の種も彼岸から」という彼岸にちなんだ言葉があるのです。仏の種を私達の心の中で育ててみたいものです。&lt;br /&gt;さて本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（９月２８日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-7892709895039207569?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7892709895039207569'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7892709895039207569'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/10/blog-post_857.html' title='暑さ寒さも彼岸まで'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-8918503548784624049</id><published>2011-10-28T10:38:00.001+09:00</published><updated>2011-10-28T10:40:06.202+09:00</updated><title type='text'>台風12号の爪痕から考える（学問するときに志を立てよ）</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。9月、始めに襲った台風12号の爪痕の大きさが明らかになるにつれ、このような自然の猛威に私達は如何に対処すべきなのか、どんなにいろんな堤防を築いたとしても、逃げる以外に方法はないのかと、思わざるを得ないのだというあきらめの気持ちが心を支配してしまいます。このような自然災害を繰り返し受ける中で、かつて日本の農民達は大変貧しい生活を強いられていたようです。この状況に心を痛め、何とか農民の生活を豊かにする方法はないかと考えて立ちあがった人物に柳田国男がいます。本日は彼の歩んだ道についてお話をしてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幼い日に見た絵馬の中に子どもを間引く農家の母の姿を見た彼は日本の農民はなぜこのように貧しく、苦しいのかということに着目し、いかにすれば農民が豊かになれるかという命題を掲げて学問に精進しました。彼は東京大学に学び『何故に農民は貧しかりしか』という卒論を書き、高い志を持って農水省に入り、日本の農政改革に尽力します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、彼は病を得てその職を辞し、日本の民間伝承の研究に入りましたが、そんなある日、現在の伊勢湾の湾頭にある伊良子崎に静養に出かけました。その日の夜、海が荒れ、強風で窓がきしみ、彼は眠りにつけず、朝早く起きて散歩に出かけたところ、海岸に椰子の実が一つ二つと転がっている。土地の人に聞くと嵐の後には何時も椰子の実が漂着すると教えてくれました。この話からヒントを得て一つの論文が誕生します。それは日本人はどこから来たのかという日本人のルーツを問う論文です。即ちこれまでのシベリアの狩猟を中心としたシャーマニズムの文化ルート・中国華北の遊牧民のルート・中国華中の稲作ルート・中国華南のもち米お茶の文化ルートに加えてミクロネシア・ポリネシアから海づたいに古代日本人がやってきたという南洋の道の発見である。この論文を読んで感動した島崎藤村は彼に一通の葉書をしたためます。その中に書かれていた詩は次のように始まる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「名も知らぬ遠き島より流れやる椰子の実一つ、ふるさとの岸を離れて、なれはそも波に幾月。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この詩は後に楽譜がつけられ小学校の教科書に掲載され、日本の総ての小学校で歌われてきました。本校の先生方の中には小学校の時代にこの歌を習い、そしてこの歌は幼い子どもの心を椰子の葉陰に導いた。今、小学校の音楽教育の中でこのような日本人のルーツについて説かれることもなく、十数年前にいつのまにかこの歌は教科書からも消えてしまいました。誠に残念なことです。柳田国男はその後、『遠野物語』などの名作を残し、更に学問としての新しい分野である民俗学を樹立、日本民俗学の父として名をはせました。幼き日に立てた志が見事に結実した姿を彼の中に見るとき、改めて、何故私達は学問をするのか、自分は何を目標として生きるのか、自分は人間として何をなすべきか、これらの問題について真摯に問い、その上に立って謙虚に学ぶ態度を持ちたいと思うのです。総ての生徒の皆さんが、人間として素敵に生きるために、高い志を持つことを希望して止みません。さて本日も私の話に静かに耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（９月１４日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-8918503548784624049?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8918503548784624049'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8918503548784624049'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/10/12.html' title='台風12号の爪痕から考える（学問するときに志を立てよ）'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-2005656678017659649</id><published>2011-10-28T10:35:00.001+09:00</published><updated>2011-10-28T10:37:34.803+09:00</updated><title type='text'>私達は自然と如何につきあうべきか</title><content type='html'>　生徒の皆さんおはようございます。先週の土曜日は台風12号のために臨時休業と致しましたが、広島方面は思ったほど強い風も吹かず、一昨日午後あたりからようやく、秋らしい空模様に変わりました。しかし、紀伊半島を中心にこの度の台風は大変な被害をもたらしたようで、被害に遭われた方々に心からお見舞いを申し上げたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、今回の台風12号にしても3月11日の東日本大震災にしても、自然界の驚異を私達に嫌というほど知らしめました。日本人はこのような自然に対して、どのようにつきあってきたのかということについて、本日は、宮崎駿さんのアニメの中から皆さんと一緒に考えてみたいと思います。「もののけ姫」と云う作品では、古き時代は今よりも動物たちは大変大きく、その動物たちが豊かに暮らせる深い森が日本全体を覆っていた。そこに人間が鉄を作る為にたたら場を開き、森の木を切り、それを燃料に砂鉄を溶かし鉄を作る。山が荒れ、森が消えて、動物たちが人間を襲う。その人間によって鉄の球を打ち込まれた猪が、たたりの神となって一人の青年を傷つけ、その傷を治すために旅に出てもののけ姫に出逢い、そして森を支配する神に出会うというお話です。あの物語は人間の欲望を満たそうとする人間と、自然とともに生きようとする人間についての話でした。人間の中にある美しい心と欲望を満たそうとする醜い心の対立を現したものですが、あの中で日本人が自然に如何に甘えすがって生きてきたかということを表現していました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;又、「おもひでポロポロ」という作品の中では30前になって婚期を失いかけた主人公たえこさんが、福島の田舎、姉の嫁いだ主人の実家に出掛け農業体験をする中で、自然と共に生きる農家の人々の暖かさにふれて、姉の婿さんの従妹との結婚を決意するまでの心の動きを画いた作品です。その中で、たえこさんは蔵王に行こうと彼に誘われ、その帰りに自然の風景を眺めながら、たえこさんか語る所があります。「ああ、これが本当の自然なのね、これが本当の田舎なのね。」振り返って彼に「あ、ごめん、そう言う意味ではなくって」というと、彼が次のように答えるのです。「都会から来た人はみんなそんなことを云うんだけれど、田舎の風景はみな人間が作り出したものなんだ。あの森は隣のじいさんが、あの道は･･･、あの丘は･･･、百姓は自然からもらわないと生きていけないから、自然と一緒になってすがり、作りあげたものなんだ。」「へー。ではあそこも、･･･」。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その他「となりのトトロ」「風の谷のナウシカ」等、皆自然と共に自然を敬って大切に生きるべきというメッセージが込められています。私達日本人は便利さを追求する余り、自然を傷つけ、そのお返しを今いただいているように思えてなりません。改めて、私達の豊かな自然について如何につきあうべきなのかを皆さんで考えていただきたいと思います。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（９月７日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-2005656678017659649?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2005656678017659649'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2005656678017659649'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/10/blog-post_28.html' title='私達は自然と如何につきあうべきか'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-2306110858145589051</id><published>2011-10-28T10:32:00.002+09:00</published><updated>2011-10-28T10:34:58.105+09:00</updated><title type='text'>自分と異なった考え方を持つ人を大切にする心</title><content type='html'>　生徒の皆さんおはようございます。夏休みが終わって、学校の日常が帰ってきました。今年も夏休みの間、学校にきて学習を自主的にした人、クラブ活動を一生懸命頑張った人、カナダの研修に出掛け異文化体験をした人と、多くの生徒の皆さんが有意義な夏休みを過ごしたようです。生徒の皆さんに大きな事故もなくこうして全員で再開できたことを慶びたいと思います。さて、一年生の皆さんはもはや学校にも慣れましたね。安田中学の生徒として、先輩とともに大いに中学生活を楽しんでいただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、学校というところは皆さんにとってどのような場所なのかについて改めて皆さんと一緒に考えてみたいと思います。皆さんには同じ人は一人もいないように、全員が異なった顔をしており、同じように異なった考え方をし、異なった家庭環境で生活しています。そんなそれぞれが違った者同士がこの学校で出あって、一緒に机を並べて一緒に生活をし、学習をしている。家庭にいれば、よく似た顔の同じような考え方をした姉弟、そして無条件に許してくれる両親とともにあって、ぬくぬくとしたゆりかごにとっぷりと浸かり、ほのぼのと何の不安もなく生活できるのですが、学校となるとそうはいきません。我が儘な子がいたり、自分よりも体格のよい子がいたり、勉強ができる子がいたり、自分よりも美しい子がいたりして、そのような中にいるとなんだか自分が小さく見えて、息がつまりそうになっている人がいるのではないでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;更に又、英語などの新しい科目や、学ぶ内容が随分と小学校に比べて難しくなって、しかも学習するスピードも速くなってきて、自分は大丈夫だろうか、やっていけるのだろうかといった不安をかかえて毎日登校している人もいるのではないかと思います。学校というところは楽しいことも多いけれど、それよりも倍して苦しいことがとても多い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;又いろんな人と適切な距離感を持ちながら仲良くつきあっていかなければならない。失敗するといろいろとぶつかり合って辛い思いをするようになり、苦しい思いが続きます。それでも皆、学校に通うのは何故なんでしょうか。それは、将来私達が利害によって結びついている社会の中で、一人前の人間として、しっかりと足をつけて力強く生きるための訓練をしているからです。私達が大人になるというのは、自分の意志で、自分の力で、力強く生活し、生き抜いていかなければなりません。そのように生きるための訓練を学校はする場でもあるのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学校という場は単に勉強だけすればいいのではありません。様々な違った価値観を持つ人々とともに心豊かに生きるための知恵や技術を身につける場でもあるのです。そのために皆さんは学校にきているわけで、いろんな人間関係のトラブルも勉強の一つであるということを自覚して、今日から力強く生活してください。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　（９月１日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-2306110858145589051?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2306110858145589051'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2306110858145589051'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/10/blog-post.html' title='自分と異なった考え方を持つ人を大切にする心'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-7133217443546688934</id><published>2011-08-11T11:00:00.001+09:00</published><updated>2011-08-11T11:04:40.586+09:00</updated><title type='text'>夏休みを迎えるにあたり</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。梅雨が明けて、暑い真夏の日差しが私達に注がれるようになりました。第2試験が終わり、皆さんはホッと一息ついているところでしょうか。先日の日曜日のなでしこジャパンのワールドカップサッカー優勝は、私達日本人に沢山の素晴らしい贈り物をしてくれたように思います。&lt;br /&gt;私は朝3時に起きてその試合を見たのですが、アメリカの選手の体格、そしてスピード、過去の実績、どこからみても勝てる要素がないように感じられ、もし1点先行されたら、この試合はきっと負けだろうなという気持ち、一方、決勝リーグで優勝候補のドイツを破り、勝ち上がって決勝まで来たのだから、本当によく頑張ったナー、優勝は期待しないがこの試合はおまけかなといった気持ちでみておりますと、もう始めからピンチ、ピンチの連続で、アメリカのシュートがポストに当たって横にはねたり、前半で4．5点は入っていてもおかしくないような厳しい試合を何とか乗り切り、後半に入りました。そして、アメリカの絵に描いたような見事なシュートが決まって1対0となったとき、これで決まったなと思いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いつもであれば私はこれで、判断してテレビのスイッチを切るのですが、しかしこの時は少し違った感慨が生まれてきたのです。彼女たちがこんなに頑張っているんだから、最後まで見届けないといけないな。今までのスポーツ観戦で抱いたことのないような気持ちが私の心の中にフッと湧いてきて、そのまま眠い目をこすりながら見ていると、後半終了の少し前に日本がどさくさに紛れたような、しかし確実なシュートで同点。そして延長に入りました。延長戦になって又アメリカが素晴らしい綺麗なシュートを決めて、これで終わったと思っていたら、延長後半残り4分のところで、日本のコーナーキックをキャプテンの沢選手が見事に決めて再び同点で決着はつかず、最後はPK戦。アメリカのゴールキーパーの強さにこれで負けかと思いきや、日本のゴールキーパーの執念のような戦いで、ついに勝利を勝ち取りました。終わった瞬間、ただただ嬉しくて、余りサッカーについては関心のない私が感動して涙を流しながらテレビに向かってよくやったようやったと語りかけていました。今から考えると少し恥ずかしいような、そんな感じです。あんな大人と子どもくらいの体格差の中で、最後まで諦めないで、皆が一丸となって、優勝という一つの目標に向かって立ち向かう、日本人って、人間って、素晴らしいな。すごいな。そう思いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、3年生の皆さん。皆さんの小学校時代の友人の多くが高校受験を目指して必死になって頑張っています。小学校6年生の受験と中学3年生の受験とでは心の持ちようや覚悟のほどが随分違いますから、その意味で本気度も高いのです。彼等や彼女たちが急激に学力を伸ばして来る時、貴女たちは何をしようとしているのですか。私達の学校は中高一貫校ですから高校受験はありません。だから学習をしなくてもよい学校に入学したのではありません。受験という枠に縛られない、本当の学問の楽しさや厳しさを自らの意志で味わうことのできる学校に皆さんは入り、そして今年は自分で総ての諸君が研究課題を決めて、将来につながる研究をすることを義務づけています。中途半端な気持ちで取り組んではいけません。本気で、考え、本気で調査し、最後まで真剣に取り組むことが大切です。あのナデシコのくれたメッセージは諦めないで、皆で最後まで頑張るということです。本気で、決して私達は諦めないんだと誓って、この夏休みをみんなで学校に来て、お互いが声を掛け合って努力してください。努力は裏切らないものです。私達教師も皆さんを全面的に応援します。皆で先生方を信じてすがり、悩み、苦しんでください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2年生、1年生の皆さん、皆さんも明確な目標を立ててその目標に向かって3年生に負けないくらい、激しく挑戦しましょう。更に、優れた文学、芸術作品に積極的に触れる機会を持つようにしてください。休みを利用して、優れた芸術作品を求め味わう機会を持ちたいものです。夏休みを制するものはその人の人生を大きく切り開くと思います。頑張ってください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、先生方におかれましては本年度もいろいろと試験問題や成績評価について新しい取り組みをお願いし、いろいろと挑戦していただきました。ここでゆっくり休養をお願いしたいところですが、現状の本校の生徒達はきっとそれを許さないくらい、学習に、クラブ活動にと学校にやってくると思います。教師にとって本当の喜びはこのような生徒達に出会う中にあると私は思っています。多忙な指導の過程で、そっと身体を癒す、私達はそんな学校にいることに誇りを持っていただきたいと思います。ともあれ、これから懇談会、補習、等々、大いに精進をお願いいたします。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　（７月２２日　合同朝礼）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-7133217443546688934?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7133217443546688934'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7133217443546688934'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/08/blog-post_6900.html' title='夏休みを迎えるにあたり'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-3740677458290586211</id><published>2011-08-11T10:57:00.000+09:00</published><updated>2011-08-11T11:00:03.499+09:00</updated><title type='text'>第1回オープンスクールを終えて</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。先週の土曜日は本校中学校のオープンスクールでした。1年生の皆さんも昨年のオープンスクールに参加された人が多いのではないかと思います。始めの挨拶のところで保護者の皆さんにお話をしたのですが、私が着任した5年前はこの学校説明会に生徒の皆さんが登場するというのはほとんどなくて、学校長の挨拶も30分以上あり、私は保護者の皆さんに安田の学園をどのように改革したいかということについて情熱的に語ったことを思いだします。ただ、その時、本当に私や先生方の説明で良いのか、一番の宣伝は生徒達の生き生きした姿を見せることではないか、生徒達が企画し、生徒達によって保護者や小学校の子供達に学校の良さを見せることの方が望ましいのではないか、そう考えて、生徒中心の生徒が企画するオープンスクールに変更しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その変身ぶりはまず担当の先生の次の言葉から始まりました。「校長先生、今年は校長先生の挨拶を20分程度でお願いします。」その次の年は、「校長先生、先生の挨拶を15分でお願いします」そして昨年から、「校長先生、挨拶を10分でお願いします。」本年は、「10分以内でお願いします。」更に、３年前からだったでしょうか、あの元気いっぱいのバトン部の演技の後に、司会の生徒のアナウンスがあります。「校長先生のご挨拶がございます」あのエネルギーのはち切れそうな皆さんの演技の後に、挨拶をするというのは実はとても勇気のいることなのです。保護者や受験生の皆さんが「わーすごい、楽しそー」とどよめいているところへ私が出て行っては絵にはなりませんね。かといって、合唱部が歌った後に出て行って挨拶をするというのも辛いしで、あの10分というのは大変大きなエネルギーを使って保護者の皆さんにお話をさせていただいているのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、今年も中学3年生の役員の皆さんがいろんなところでよく頑張ってくれました。感想文の中で生徒の皆さんのマナーがとてもよかったと褒めておられましたので、皆さんに感謝を込めてお知らせしておきます。生徒の皆さんどうも有り難う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これからもう2回、このオープンスクールがありますが、来年度の生徒の募集にどれくらい小学校の生徒の皆さんが受験してくるかは皆さんの手の中にあると云っても過言ではありません。皆さんがこの学校で生き生きと学習し、クラブ活動に生徒会活動に楽しく積極的に参加している姿こそが、この学校に来たいという意欲につながってゆくと信じます。その意味で、1年生の皆さん、学校生活はまず楽しくなくてはいけません。明日、学校に行くのが楽しみになるように授業を大切にして、学ぶことの喜びを感じられるよう努力しましょう。2年生の皆さんは、1年生を思いやり、よき姉さんを自覚して、優しいまなざしを1年生に送れるようにしてください。3年生は先日の姿を継続するよう期待します。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（７月６日　合同朝礼）&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-3740677458290586211?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3740677458290586211'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3740677458290586211'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/08/1.html' title='第1回オープンスクールを終えて'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-1295200871948612907</id><published>2011-08-11T10:55:00.000+09:00</published><updated>2011-08-11T10:57:24.932+09:00</updated><title type='text'>安田学園の合唱祭は優れた文化です</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。先ほど、本年度高等学校合唱祭で総合優勝した6年生1組の生徒諸君の歌声を聞くことができました。とても美しいまとまりのある歌声でしたね。　6年生は受験がありますから、放課後の補習や早朝の補習があり、更に1組には、本年県大会で優勝したソフトボール部、バレーボール部の生徒達もいます。彼女たちは合唱祭の準備期間中も全国大会に向けて激しい練習をしていました。さらに文系ですから、芸術関係の大学に進学したい生徒、演劇の関係の大学に進みたい生徒、文学、社会学など多様な進路目標を掲げて学習しており、早朝補習・放課後の補習などもあって、皆で練習することが大変難しい集団です。そのような生徒集団が色々と工夫をして、よきリーダーのもとで、合唱部の生徒達も含めて一致団結してあの高いレベルに到達したようです。私は毎年この合唱祭を聞いて、安田の合唱祭は生徒達が創造する誠に優れた文化そのものであると、皆に伝えてきました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、文化とはどういう意味を持っているのでしょうか。文化という言葉は日本には古来からあったわけではなく、英語のcultureを翻訳して生まれた言葉です。そこでカルチャーの語源を探してみたいと思います。この英単語のカルチャーはラテン語、即ち古代ローマにさかのぼり、そのラテン語の語源は古代ギリシアのカルティア（cultia）にあります。では、古代ギリシアの人々は、この言葉をどう理解していたのでしょうか。彼等はこの言葉を農耕生活における「耕す」という意味に使用していたようで、英語の辞書を調べてみると、今でもカルチャーという単語の意味が耕すとなっているはずです。即ち彼等は人間が自然界に働きかけて生産される総ての物をカルティアと呼んでいたようです。これらのことから、文化とは人間が自然界、人間の作り出した社会、等の中で人間によって創造される総ての物を文化、即ち文化活動、文化財と呼んでいるということです。そしてそのような人間による創造の中でも最も優れた文化活動が芸術活動であるということになりそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、私達は人間に生まれさせてもらいました。そして皆さんは女性に生まれたのです。皆さんがよりすぐれた人間になる、人間らしくなるということはどういう事なのか。それはこの人間固有の創造である文化活動に積極的に取り組むということになるでしょう。学問する、スポーツに励む、芸術活動にいそしむ、これらは皆人間の優れた資質を伸張させる手段であり、人間となるための目的そのものでもあることを自覚しましょう。中学校は後期に合唱祭がありますが、今日の先輩達の歌声に負けない合唱を目指して努力していただきたいと思います。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（６月２９日　合同朝礼）&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-1295200871948612907?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1295200871948612907'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1295200871948612907'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/08/blog-post_3143.html' title='安田学園の合唱祭は優れた文化です'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-6942907415174560388</id><published>2011-08-11T10:52:00.000+09:00</published><updated>2011-08-11T10:54:57.314+09:00</updated><title type='text'>高校ソフトボール部・バレーボール部・県大会優勝おめでとう</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。新聞でも紹介されていましたが、本年度、本校高校のソフトボール部・バレー部は県体で優勝し全国大会に出場することになりました。両クラブ合わせて70回の優勝は大変な快挙であると思います。中学校も県体で合唱部が常に優勝し、全国大会でも優勝するクラブであり、今年も期待をしております。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、彼女たちが、このように何度も全国大会に駒を進めることができるのは一体、何故なのだろう。私はいつも感心すると同時に、その勝利の原因について、この数年彼女たちの練習風景を観察して参りました。そしてこの3つのクラブに共通するあることに気付きました。それは、監督・顧問と生徒が本気で指導し、本気で練習し、本気でぶつかりあっているという事実です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;バレー部の場合、監督がバレーのボールを生徒にぶっつける。それを拾う。そしてそれを繰り返す内にだんだん熱がこもってきて、選手も失敗する。激しい監督の罵声が飛ぶ。生徒は悔しくて監督に向かっていく真剣勝負の場面に何度も出会いました。ソフトボールも同じです。本気で投げ、本気で球を追いかけ、失敗すれば監督の罵声が飛ぶ。その声に総ての生徒が明確に声をあげて応える。そして毎日それが繰り返される。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;合唱部も同じです。日常では穏やかな笑顔の絶えない先生が、練習が始まると誠に厳しい声に変身する。声が出ていなければ、音が違っていれば、びしっと厳しい言葉を浴びせる。三人の監督・顧問が本気で指導する、生徒も本気でそれに応える。こんなクラブの練習風景を私達はいつでも見ることができる。もし、この練習にかける態度と成果を成績に置き換えるならば、偏差値75に相当するでしょう。この本気な態度、本気な努力を総ての諸君が見習って学習していただきたいと思うのです。そうすれば、あの人がああいった、この人がひどい、あの人とは合わない、あの先生は嫌だ等といった次元の低い心は決して湧いては来ないでしょう。学校に行くのが楽しくて、クラスのみんなに会うのが楽しくて、そんな楽しさを家庭に帰って両親に伝えることでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先日、元広島カープの選手であった山本一義氏の講演を聴く機会がありましたが、その中で彼が大変興味深いことを話してくださいました。それは、一生懸命努力するというのは良いことであるが、多くの場合、途中で息が切れて、諦めることが多い。しかし本気で努力するというのは最後まで諦めない。大切なことは最後まで諦めないで努力するということが大切であり、そのような人が事を為すことのできる人である。教師は本気で生徒達の夢の実現に努力すべきである。といったことを話されたのです。私は本学園の中にこの三のクラブと三人の教師がいることを誇りにして大いなる学びをしなければならないと思うのです。これらのクラブの顧問をしっかり観察し、ついて行く生徒達をしっかり見つめて、大いなる学びをしていただきたいと思います。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（６月１５日　合同朝礼）&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-6942907415174560388?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6942907415174560388'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6942907415174560388'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/08/blog-post_9514.html' title='高校ソフトボール部・バレーボール部・県大会優勝おめでとう'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-4238851444962844824</id><published>2011-08-11T10:49:00.000+09:00</published><updated>2011-08-11T10:52:03.206+09:00</updated><title type='text'>仲間同士の助け合いについて</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。第1試験が終了して、生徒の皆さんは一息ついた頃でしょうか。さて、毎年この時期になると、本校に限らず、日本全国どこの中学校でも中学校1年生の皆さんの中に友人関係において、集団の所属を巡って、様々なトラブルを抱えるようになり、悩みを抱えて苦しむ生徒が出てきます。本校の生徒の皆さんは穏やかな生徒が多いですのでそんなに沢山出てくるわけではありませんが、それでも例年1件か2件このような悩みを抱えて苦労をしている生徒の皆さんに出会うのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで、何故この時期なのか、どうしてみんなで心豊かに学校生活を楽しむことができなくなるのかについて、本日は皆さんと一緒に考えてみたいと思うのです。宮崎駿のアニメの中に「おもひでポロポロ」という作品があります。主人公たえ子さんという東京丸の内に努めるOLが癒しを求めて、姉のお婿さんの実家である福島の田舎に行って農業体験をしながら自分の人生を見つめ直すというとてもいい作品ですが、その中で、彼女の小学校４・５年生の頃の思い出が何度も出てきて彼女を悩ませるのです。女の子から少女になっていく時の女性独特の心の揺れを見事に表現した作品ですが、この小学校4年生頃から中学2年生くらいまでの間に、生徒の皆さんはみんな女の子から一人の女性に変身します。この時期を身体的生理的成熟期といいますが、これに加えて中学生になると、知的・情緒的成熟の始まりもあり、心身共に誠に不安定な時期に入ります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1年生の皆さんはまさにこの最も不安定な時を過ごしているのです。皆さんは小学校を6年間、多くの人が1学年3クラスくらいの学校で過ごしてきました。6年もあるのですから、お互いがお互いの懐をよく心得ていて、我が儘な子も引っ込み思案の子も、身体の大きい子も少しゆっくりな子も皆、何とか受け入れて、バランスを保って生活をしてきました。それはお互いが理解し合っているという安心感、更に住んでいる家も皆近所であり、保護者もお互いに知り合いであり、ある意味で居心地の良い場所に安住していたのです。しかし、皆さんは中学校を受験するという選択をして、本校にやって参りました。この中で同じ学校から5人以上来ているという小学校は本校の中にある安田小学校の生徒しかおりません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;皆、北は三次、西は岩国、そして東は安浦、東広島、と、遠方から、そしてすぐ側の小学校からやってきているわけです。そして夢中で学校にやってきて第1試験を終えた今、周りを見つめ、どんな友達を作ろうか、クラブの中で何をしようかと少しづつ余裕が出てきた時、小学校時代と同じように、我が儘が通ってきた生徒はそのように、引っ込み思案の生徒はやはりそのように、しかし、ともによき仲間を求めて行動し始めました。そして様々なトラブルに巻き込まれることになるのです。強い生徒は普通に話しているつもりでも、少し気弱な生徒にとってはとてもきつく云われているように感じ、どの集団に所属しようかと悩んでいるときに、つい我が儘が出たり、そしてそれを我慢する人、我慢しない人といろいろな生徒が今、一緒に生活しているのです。お互いがぶつかり合って当たり前、それぞれが全く異なったところで生活し成長してきたわけですから、トラブルが起こってそれが当たり前なのです。今、そのような人間関係で悩んでいる人は決して一人ではないんだということを自覚しましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、そこで、2年生3年生の皆さんにお願いがあります。皆さんが1年生の時、同じ悩みを抱えて成長し、今それぞれが自分の心地よい居場所を作り、お互いに適切な距離を持ちながら仲良く頑張っています。そこで、1年生の諸君に温かいまなざしを送って欲しいのです。一人で悩んでいる子を見つけたら声をかけて、悩みを聞いてあげてください。一緒に側にいてあげてください。何も言わなくても良いのです、ただ側にいてあげるだけでも良いのです。ぜひ良き先輩ぶりを発揮して欲しいのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして1年生の皆さんは、決して一人で悩むのではなく、先輩に相談したり、それでもうまく行かないときは担任の先生、副担任の先生と相談してください。きっとよい解決方法が見つかると思います。この時期の集団所属のための悩みというのは、子どもから少女になるための通過儀礼の一つともいえるのです。みんなが通る道、それを力強く乗り切って、楽しい学園生活を送って欲しいと願っています。&lt;br /&gt;さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　（６月９日　合同朝礼）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-4238851444962844824?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4238851444962844824'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4238851444962844824'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/08/blog-post_6746.html' title='仲間同士の助け合いについて'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-1509828705979859258</id><published>2011-08-11T10:45:00.001+09:00</published><updated>2011-08-11T10:48:53.716+09:00</updated><title type='text'>良い事をすることに慣れるということ</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。さて、先ほど、中学校1年生のクラス役員任命式を行いましたが、今任命された皆さんは各クラスのそれぞれのリーダーになったわけですが、真のリーダーの基本について少しお話をしてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;皆さんは1年生ですから、これから私が言うようにはできないと思いますが、2年生以後の参考にしてください。よく、長と名のつく職に就くと、先輩方から、しばらくは周りをよく見て何を為すべきかを吟味し、為すべき順番を明らかにして計画的に取り組みなさいということを聞きました。しかし、本当のリーダーという者は、リーダーというポストに就くと同時に行動に打って出る人なのです。今回の東日本大震災を見ても解るように、すぐに行動を起こした長のいる所とそうでない所では、例えば福島原発の取り組みの遅れなど、その結果において大きな差が出るのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;優れたリーダーのもとでは、そこに所属する人間が生き生きし、そして毎日が楽しくなります。学校というところは本来楽しい所でなければなりませんが、リーダーの行動いかんではクラスが仲間割れしたり、我が儘を言う者が出たりして楽しくない学校になることもあるのです。リーダーというのはそのポストに就くまでに、もしそのようなポストに就いたらこのようにしよう、あのことは訂正して新たにこのようにしたいという課題意識を持っているものなのです。ですから、リーダーになった時にはこれから何を為すべきかが明確なのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いはんや、皆さんの任期は1年です。ゆっくりはできないのです。そのポストに選ばれると同時に立ち上がってこそ本当のリーダーといえるのです。これから先、高校、大学、卒業して就職先などできっとそのような役回りになることがあると思いますので、この事はしっかり心に中に刻んでおいてください。ところで、先週、第1試験が始まると云うことで、よい点を取ることにも、悪い点を取ることにも、どちらにも慣れる能力を人間は持っているということについて話しましたね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本日はその話の中の良いことについて慣れるということについて改めてお話をしてみたいと思います。古代ギリシアのアリストテレスという人物が、この良いことに慣れてそれが身についている人を習性の徳を持っている人であるといいました。即ち、人間はどのようなことでも、繰り返し、繰り返しやっていると、そのことが習慣になる。学習において自分で色々工夫してしっかり考える学習を毎日続けていると、それが当たり前になる。お風呂なども毎日入っている人はそれが当たり前になる。朝、学校に来てお掃除をしている人はそれが当たり前になる。慰霊碑の前に朝会釈をして通る人はそれが当たり前になる。これを良くないことに置き換えてみると、人の悪口を毎日言っているとそれが当たり前になる、嘘をついているとそれが当たり前になる。毎日違反をしているとそれが当たり前になる。即ち人はよいことにも悪いことにも慣れますが、良いことになれることで、人間の求めるべき徳が身につくのだとアリストテレスはいったのです。私達が心豊かに生きてゆくためにはこの徳を身につけることが大切であると思います。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（６月１日　合同朝礼）&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-1509828705979859258?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1509828705979859258'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1509828705979859258'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/08/blog-post_11.html' title='良い事をすることに慣れるということ'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-486255854761022276</id><published>2011-08-11T10:40:00.001+09:00</published><updated>2011-08-11T10:45:34.511+09:00</updated><title type='text'>日本人の智恵  ハレとケについて</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。先週の日曜日は母の日でしたね。親孝行はできましたか。私は昼から広島に出る用事がありましたので午前中に母に会いに行ってきました。96歳の母はもう認知症がすっかり進行して、私のことも殆ど解らなくなっているのですが、その母にスイカとイチゴを食べさせました。始めはぼんやりしていたのですが食べている内に元気になって、私にも美味しいから食べなさいというのです。何か美味しい物があったら自分は食べないで、みんなに食べなさいといっていた若き頃の母を思い出しました。食べている内に笑顔が戻って、さわやかな気持ちになれました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、ゴールデンウイークも終わり、日常が戻ってきましたが、休み中に自分のペースを失ってしまっている人はいませんか。今週末には運動会がありますし、行事や休みによって往々にして自分の生活リズムを崩してしまう生徒が多いようです。休みが続くとうきうきするし、行事があると楽しいですから、ついその楽しさに支配されて、自分がなすべきことを忘れてしまう。そのようにならないために日本人は昔から、すぐれた生活の智恵を持っていたようです。その生活文化の多くはいつの間にか消えてしまいましたが、今でも一寸した言葉などにその要素が残っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本では、古くから特別な行事の日、例えば地域のお祭り、五節句、お彼岸等々には、特別の食事を作り、更に親族のみに留まらず多くの人々が集まってお酒をたしなみ、子供達にも特別にお小遣いとか、子どものための食べ物が作られ、子ども同士で楽しく過ごせるように、青年になるとまた青年同士で楽しく過ごせるように工夫されていました。そんな特別の日のことをハレの日と呼び、そうでない日常をケの日と呼んでいました。ハレの日には皆、特別な一張羅を来て一日中楽しく過ごしたのです。今でも晴れ着という言葉がありますが、それはこのハレの日に着る着物からきているのです。人々は、日常は辛い仕事にしっかり耐え、皆で努力をして地域や家族を守り、ひたすら頑張って、次の晴れの日が来るのを楽しみにして生きていたようです。日常であるケの日と、非日常であるハレの日を明確にして、日々を充実させる、このような優れた智慧を持った先祖を私達は誇りにしたいですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私達の学校は多くの行事をこなしていますが、その行事は、日常の学習を充実させるためにあるのであって、学習の充実なくして学校行事はあり得ません。そのことを深く自覚して、日常の学習にしっかり取り組んで、そして、学習によるストレスを沢山ためて、行事の時にそのストレスを一気に爆発させて、さっと日常に戻る。そのようなリズム感のある中学校生活を楽しんでいただきたいと思います。本当に優れた青春の集団とは、そのようなメリハリのある生活ができる人々の集まりをいうのです。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（５月１１日　合同朝礼）&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-486255854761022276?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/486255854761022276'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/486255854761022276'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/08/blog-post.html' title='日本人の智恵  ハレとケについて'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-6412450862986132993</id><published>2011-05-23T11:22:00.000+09:00</published><updated>2011-05-23T11:26:20.604+09:00</updated><title type='text'>行事の後にあるべき態度について</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。先週の土曜日の体育祭は皆よく頑張りましたね。生徒会の皆さん、そして準備に協力してくれたクラブの皆さん、ご苦労様でした。先週は週の初めから木曜日まで、梅雨の真っ直中にあるような感じで、予行演習やマスゲームの練習もできず、殆どぶっつけ本番のような形での体育祭でしたが、皆が良く協力して、とても素晴らしい体育祭になりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;雨の間はしっかり学習して、金曜日は、会場の準備、そして、中学・高校と分けて短い時間で予行演習。それぞれがてきぱきと動いて、本番を迎えました。本番の土日は、これがまた見事な五月晴れ。多くの観客を得て、皆の大きな応援をいただいて、とても素敵な体育祭ができました。本当にご苦労さまでした。指導に当たられた先生方も大変だったと思いますが、改めて本校の生徒諸君は指導の方法で誠に優れた力を発揮するということが確認されました。この事は学習においても同じ事がいえるわけで、私達指導者の在り方によって、もっともっと学力をつけることのできる青春であるということが改めて証明されました。ここ数年、先生方の多くが、本校の生徒はすごいですねとか、本当はできるんですねと云った言葉をいろんなところで聞いてきたのですが、今回の体育祭は天が、私達教師に「生徒達を信じよ。生徒と共に、汗を流せ。生徒と共に闘え。」と教えてくれたように思えてなりません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、生徒の皆さん、体育祭は終わりました。そこで、各学年の皆さんに確認の意味でお願いをしてみましょう。始めに3年生の皆さん、皆さんは新しい安田学園のモデルです。皆さんは、3年生になって本当に最上級生らしくなりました。責任感があり、後輩を思いやる気持ちも表に出せるようになり、学内のリーダーであるとしっかり自覚できている生徒が目立ちます。この事は行事の時だけではなく日常の学習や、授業態度、そしてその結果にもきっと表れるはずです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1週間後に第1試験が始まりますが、これまで、本校に入学して満足してぼんやりしていた人も、この第1試験から、本当の意味で厳しく学習も取り組んでください。学力は中３からが本当の勝負です。2年生の皆さん、人間は不思議な能力を持っています。それは良いことにも悪いことにも慣れるという能力です。貴女たちはこれまでに5回本校の定期試験を経験しました。少し入学後ぼんやりしていた人は、一度目に思いもよらない低い点を取ってショックを受けた人がいるでしょう。その時、次は決して同じ失敗はしないと誓った人と、次ぎも同じ失敗をした人がいます。同じ失敗を3度くらいすると、その成績を見て私はこの程度の者だと思うようになり、そのままだと本当にそうなります。その意味で、良いことには慣れても、苦しい事には慣れても、良くないことには決して慣れてはいけません。1年生の皆さん、良き先輩を見習ってしっかり頑張ってください。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　５月１８日（合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-6412450862986132993?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6412450862986132993'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6412450862986132993'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/05/blog-post_23.html' title='行事の後にあるべき態度について'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-7690008745006301715</id><published>2011-05-12T09:20:00.000+09:00</published><updated>2011-05-14T05:23:38.885+09:00</updated><title type='text'>混乱の中を人間は如何に生きるべきか・安田生は如何にあるべきか</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。先週は、記念講堂への入場方法などの指導が長引きそうだということで、校長講話は本日になりました。1年生の皆さんはもう慣れましたか。先ほど2･3年生の役員辞令交付を行いましたが、彼女たちを見習って、早く安田の生活になれて下さいね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、早いもので、東日本大震災から1ヶ月以上が過ぎました。あまりの災害の大きさに未だ復旧のめども立っていない所もあるようです。しかし、それでも被災地では、多くの皆さんが復興にむかって立ち上がろうとする姿が見られます。一方、福島原発災害はますます被害が広がり、かつて最大の原発事故といわれて旧ソ連のチェルノブイリ原発事故に匹敵するレベル7に引き上げられ、世界の人々がその成り行きに不安の気持ちを抱いています。このような地球的規模の災害を前にしたとき、人間は如何にあるべきかについて本日は皆さんと共に考えてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;歴史書を読んでみると人類はこのような悲惨な状況に、有史以来度々出会っているようです。例えば、ノアの箱船の物語では、人間が神を冒涜したので正しい生き方を教えるために世界を大洪水にし、悪と退廃に染まった人々を総て根絶やしにしたと書いてあります。また、古代インドの退廃した社会を戒めるためにインドラの矢による町の破壊、更に、神を冒涜し退廃した町ソドムとゴモラの町の破壊、等、神話の時代からこの世の終わりが来るのではないか、この世はどうなるのかという不安は常に人類の心に宿って離れたことはないのです。このような絶望的な状況に陥ったとき、人間は二つの意識に支配されるようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一つは、どうせこれから先はだめなのだから、やりたいことを好きなようにしたらいいといった退廃的な考え方に陥り、人間としての誇りを失ってでたらめな生き方を選ぶ人。もう一方は、このような時こそ、人間の尊厳を失うことなく、人間として如何にあるべきかを問い、最後の最後まで人間らしく生きようとする人です。今回のような絶望的な災害に出会ったとき、私達は如何にあるべきか。その解答は、先ほど述べた人間の二つの意識のうちの、後半に述べた心の中に潜んでいると思います。目の前の小さな子が転んだら、誰かが何とかするから見て見ぬふりをしようとする心とすぐに助けようとする気持ちとの二つが皆さんの中にあるでしょう。皆さんの心の中にある美しい行為を、正しい行為を命じる心、意志、その存在に気付き、ここにいる総ての生徒の皆さんがその善い心に従って、今日なすべきことを今まで通り、しっかりやればそれで良い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのように、神話の中で、聖書の中で、仏典の中で、賢者達が知恵を絞り語っているのです。私達の町広島は、歴史をさかのぼって調べても大きな自然災害はなく、本当に穏やかな、自然に恵まれた土地であることが解ります。そのような土地柄に生まれたことに奢ることなく、私達は今、人間としてなすべきことを考えて、行動したいものです。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　（平成２３年４月１８日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-7690008745006301715?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7690008745006301715'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7690008745006301715'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/05/blog-post_12.html' title='混乱の中を人間は如何に生きるべきか・安田生は如何にあるべきか'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-6808294187250406697</id><published>2011-05-12T09:17:00.000+09:00</published><updated>2011-05-14T05:23:38.810+09:00</updated><title type='text'>入学式（式辞）</title><content type='html'>　&lt;br /&gt;　満開の桜・春爛漫の今日、安田女子中学高等学校保護者会副会長三木孝司様、安田女子大学学長瀬山敏雄様を始め多くの御来賓、並びに保護者の皆様方のご臨席を賜り、平成二十三年度入学式を挙行できますことは、私ども安田女子中学校にとりまして、限りない喜びでございます。高い席からではございますが、謹んで御礼申し上げます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　さて、二百二十九名の新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。また、保護者の皆様方の御慶びもいかばかりかと拝し、心よりお祝い申し上げます。新入生の皆さんを迎えるにあたり、本学園教職員を代表して皆さんに一言ご挨拶を申し上げます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;新入生の皆さん。安田学園はこの三年間、新指導要領を先取りした改革に取り組んで参りましたが、皆さんはその改革に共感し、本学園の入学試験を自らの意志で決断して挑み、難関を見事に突破されました。皆さんの勇気ある挑戦に心から敬意を表すると同時に、ここで生徒の皆さんにお祝いと激励の言葉を送りたいと思います。皆さんが入学されたこの安田学園は本年で創立九十六年を迎える広島県内屈指の歴史と伝統を持つ私立の女子学園です。その間、「柔しく剛く」という校訓のもと、本学園は揺らぐことのない教育理念を推進し、常に社会に積極的に貢献する品格のある女性の育成に心がけて参りました。このような教育理念と卒業生の努力と学園職員のたゆまぬ研鑽によって、県下で高い評価を受ける学校となっております。この素晴らしい学園に入学された生徒の皆さんに、これから学んでいただきたいこととして二つ、お願いを申し上げたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その第一は、本校の校訓となっております、学校創設者安田リョウ先生の掲げられた「柔しく剛く」ある女性とは、いかなる生き方をすることなのかを、自分自身に問いかけて中学校生活を送っていただきたいということです。安田学園は、女性として、日本人としての礼節を重んじ、更に総てのものに感謝することのできる精神を貴ぶ教育をいたします。このことを念頭に置いて頑張りましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ところで、中学時代は発達心理学の立場で申しますと身体的生理的成熟期に当たり、この三年間を通して皆さんの身体が大人に大きく変身します。この身体的な変化を正しく理解し、より健全に成長するように体を積極的に鍛え、学習の基礎となる多様な知識の習得に努力することが皆さんにとってもっとも客観的な成長を促すものと信じます。この時代に、懸命に学習し身体を鍛えること、そして、その成果に満足することなく更なる挑戦をすることによって、本学の校訓が各自のものになると信じています。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　第二は、この中学校生活を通して素晴らしい友やよき指導者との出会いをして欲しいということです。よき友、よき指導者と出会うためには、自ら学習し、自ら自分を研き、そして、回りの人に積極的に働きかけることが大切です。人が何かをしてくれるのを待つのではなく、自分で何をすることが出来るかを問い、自ら積極的に行動し求める青春であって欲しいと思います。その為には、学習をしっかりとやることは当然として、クラブ活動や生徒会活動、ボランテイア活動などに積極的に参加し、心身を鍛えてください。そして、自分のために安田学園が何をしてくれるのかを問うのではなく、この学園の為に、あるいは皆さんの住む町の為に自分は何が出来るかを問うて行動し、自分が社会の一員として共に生きているのだという自覚を求めていただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　最後になりましたが、保護者の皆様にお願いがございます。今、私達の国は東日本大震災によって第二次世界大戦の敗戦以来の未曾有の災害の中にあり、未だ、行方不明者の数も明確にならず、被災地の人々は瓦礫の中で苦しい毎日を過ごしておられます。震災後すぐに世界から救援隊が被災地に入りましたが、その被害の甚大さに言葉を失い、援助のために駆けつけた各国の人々が絶望的な気持ちになる中で、被災にあった日本人の人々から深く感謝され、また礼儀正しい態度で彼等を尊敬し、更に親族を、そして総てを失った人々が辛い思いを共有しながらそんな中でも、互いに励まし合い譲り合う行動を見て、失いかけていた勇気を取り戻したと、語り、それぞれの国で日本人のすばらしさが報道されています。私達はこの十年、日本人としての自信と誇りを失いかけておりましたが、最大の窮地にある私達の仲間から誇りと勇気を取り戻させていただいたと思います。ところで、私達の学園は、まさにこのような日本人の心を大切に育んできた学園であり、このような心をいかなる時にあっても失わない教育をこれからも進めて参りたいと考えております。本学園はこの混乱の時にあって、時代のうねりの飲み込まれることなく、本来あるべき教育の本質を明らかにし、その本質に従った教育の本道を求め推進いたします。そのためには、保護者の皆様も教育活動の第三者の立場に立つのではなく、自分の子どもが通う学園を自分のものとしてとらえ、安田学園が子どもの為に何をしてくれるのかということを問うのではなく、保護者として、子どもたちの為に何をなすべきかを問うて、本校の教育活動に積極的に参加していただきたく、改めてお願いを申し上げる次第でございます。&lt;br /&gt;　以上、生徒の皆さんと保護者の皆様にそれぞれお願いを申し上げて私の式辞といたします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　平成二十三年四月八日　　　安田女子中学校　　　&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　校長　水野　善親&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-6808294187250406697?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6808294187250406697'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6808294187250406697'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/05/blog-post.html' title='入学式（式辞）'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-2013079101657877835</id><published>2011-05-12T09:00:00.000+09:00</published><updated>2011-05-14T05:23:38.922+09:00</updated><title type='text'>平成23年度安田女子中学高等学校始業式</title><content type='html'>　日本人全体が勇気を失いかけているとき、私達は何を為すべきか&lt;br /&gt;生徒の皆さんおはようございます。春休みも終わり平成23年度が始まりました。今年は、冬がそのまま続いていると申しますか、桜の花が、蕾のままで暖かくなるのを待っているように感じました。しかし、自然界は裏切らないと申しますか、いつもの通り春が訪れました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、今年、3月11日に起こった東日本大震災は、未だ、行方不明者の数も明確にならず、被災地は瓦礫の中で苦しい毎日を過ごしておられます。世界から救援隊が被災地に入り、その被害の大きさに言葉を失い、援助のために駆けつけた各国のボランテイアの人々が絶望的な気持ちになる中で、被災した人々の感謝の言葉や、礼儀正しい態度、互いに辛い思いを共有しながらそんな中で譲り合う行動を見て、絶望的状況に失いかけていた勇気を取り戻したと、世界の多くの国々で報道されています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「総てを失いましたが、この命が残っていますので、死んでいった人々の分まで頑張らなければと思っています」という被災した老婆の言葉に、目頭を熱くしながら、私達は、今、何を為すべきなのかを問わざるを得ないのです。先月の18日の午後のことでしたが、今年卒業した3人の生徒が校長室に訪ねてくれました。そして彼女達がいうのです。「校長先生、私達は4月の始めもしくは3月の終わりには皆、それぞれの道に向かって離ればなれになります。その前に私達にできることはないかを考えて、お願いに参りました。今週末の19，20，21日は春分の日の連休ですので、この日に安田女子高等学校の本年度の卒業生としてカンパの活動をしたいと思っておりますので、その許可をお願いします。また私達は未だ卒業したとはいえ、31日までは高校生の籍がありますので、本学の先生に代表者になっていただかなければなりませんので、その許可をお願いします。」ある生徒は受験に失敗してもう一年頑張ると決意した生徒であり、またもう一人は神戸の大学に月末には旅立つ生徒であり、またもう一人は本学の大学への進学者でした。私は大変嬉しく思い彼女たちの行動を全面的に協力する旨を伝えましたが、この3名以外にも多くの本年度の卒業生達が集って、報告によれば結局60名以上の生徒達が集まって入れ替わり立ち替わり、カンパを呼びかけ、被災地への義援金として日本赤十字社広島県支部に送ったようです。その卒業生の一つのグループの一人が3月の終わり頃、校長室を訪ねてくれまして、赤十字からの義援金受領書を持ってきてくれました。その中には「金額3百1万564円但し東北関東大震災義援金、平成23年3月23日上記まさに受領いたしました。」と書いてあります。私はその額面に驚くばかりではなく、多くの今年の卒業生達が、受験を終えて最も楽しくありたい時に、その休みを返上して街頭に立ち必死になって道行く人々に声をかけてくれた事に深い喜びを感じるのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、生徒の皆さん、今、私達の国は、東日本の大地震と大津波、そしていつ終息できるとも知れない、福島原発の放射能汚染など、第2次世界大戦敗戦以来の厳しい状況にさらされています。皆さんもきっと多くの人が義援金活動に、その他のボランテイア活動にこの春休みは時間を費やしたことでしょう。しかし、厳しい自然の驚異もまたいつもの通り穏やかさを取り戻し、桜が咲き、菜の花が香り、夜は沈丁花の香りが私達を包んでくれます。自然は人間の営みとは関係なくただ静かに流れていくようです。この自然の営みを見つめる時、私達は今何を為すべきなのかを教えてくれているように思えてなりません。私達は、中学生として、高校生として今なすべきことを精一杯為すことです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;6年生の皆さん、皆さんは好むと好まざるとに関わらず、受験生になりました。自分の求める夢に向かって、志を高く掲げて激しく、先日先輩達が口を揃えたようにしていった言葉を信じて学習に励むことです。彼女たちはいいました、クラスのみんなで支えあって、学校で、先生方を信じて学習すればいい。勉強を楽しんで、クラブ活動も一生懸命やって、最期まで諦めないで頑張ればいい。彼女たちの言葉を信じて頑張りましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;5年生の皆さん、君たちが単に色々問題を抱える生徒であったのか、それともエネルギーが余りすぎて、枠を越える生徒であったのか、この事ははっきりと試される年がついに来てしまいました。学校は貴女たちの手の中にあります。生徒会活動に、クラブ活動に、そして肝心の学習活動に、安田生としての誇りをかけて取り組みなさい。これができなければ、先生方が信じてきた「この子達は必ずいつか変身する。大化けすると信じています。」といったのは大間違いだったということになる。5年間も君たちを信じて、問題を起こすたびに頭を下げて謝ってこられた先生方を裏切ってはいけません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;4年生の皆さん、皆さんは本学の中核です。いわばガソリンに匹敵する立場です。君たちは粗悪なガソリンになるのではなくハイオクになりなさい。少しのもので大きな成果を上げるような智恵ある集団になるように頑張ってください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3年生の皆さん、新しい教育システム第1回生。総てが新しい取り組みの中で、如何に優れた成果を上げるかは、君たちにかかっています。しかも今年は中学のリーダーだ。何よりも学校生活を楽しく有意義に、そして激しく新しい挑戦に立ち向かいなさい。2年生の皆さん、君たちの後輩が熱いまなざしで君たちを見つめるであろう。その熱いまなざしにふさわしい行動をしなさい。良き先輩になるということは、後輩によい影響を与えるだけではありません。貴女たち自身の大いなる成長につながるのです。頑張りなさい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先生方におかれましては、この優しき素直な生徒達を教師にとって都合の良い存在にするのではなく、社会に取って、多くの人々にとって素晴らしい良い人間となるよう、厳しく、激しく鍛えていただきますよう、宜しくお願いいたします。&lt;br /&gt;さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　（平成２３年４月７日　始業式）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-2013079101657877835?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2013079101657877835'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2013079101657877835'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2011/05/23.html' title='平成23年度安田女子中学高等学校始業式'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-2770150320355322613</id><published>2010-12-09T10:11:00.002+09:00</published><updated>2010-12-09T10:15:14.531+09:00</updated><title type='text'>未だ木鷄たり得ず</title><content type='html'>（&lt;a title="木鷄" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E9%B7%84"&gt;木鷄&lt;/a&gt;＝『&lt;a title="荘子 (書物)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%98%E5%AD%90_(%E6%9B%B8%E7%89%A9)"&gt;荘子&lt;/a&gt;』にでてくる鍛えられた&lt;a title="闘鶏" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%97%98%E9%B6%8F"&gt;闘鶏&lt;/a&gt;が木彫りの&lt;a title="ニワトリ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%AF%E3%83%88%E3%83%AA"&gt;鶏&lt;/a&gt;のように静かであるさま）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;生徒の皆さん、おはようございます。先週の日曜日から大相撲九州場所が始まりました。今回、最も注目を浴びたのは白鵬の連勝が不世出といわれている双葉山の連勝記録を抜くことができるかと云うことでした。初日を無難に勝利し、江戸時代の谷風の連勝記録63に並んだ横綱白鵬は２日目、平幕の稀勢の里と対戦しました。誰もが白鵬が勝つと思っていたのですが、あにはからんや、土俵の外に押し出されたのは白鵬でした。戦後、誰もなしえなかった60連勝を達成した横綱白鵬は、大いなる夢と志を持ってモンゴルからやってきました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大阪の相撲道場に仲間6人で入り、他の5人が次々と相撲部屋に入門していくのに彼だけはどの部屋からも声がかかりませんでした。世話をした人は日本での相撲を諦めるように説得し帰りの飛行機のチケットを渡したとき、「スモウ・スモウ」といって涙を流し、その姿を見て世話人は改めて相撲部屋にお願いをし、宮城野部屋への入門が決まったと云うことです。色白でやせた少年が、以後激しい精進をつんであれよあれよという間に横綱まで駆け上り、同じモンゴル出身の朝青龍引退の後は、一人横綱として、混乱を極めた相撲界を一人支えて来ました。先々場所、全勝優勝をして表彰伝達の時、天皇賜杯のない表彰に悔し涙を流した姿は、横綱としての誇りと責任を背負っている態度として、私ももらい泣きをしたほどです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、今場所、相撲の神様といわれた双葉山の記録69連勝への挑戦をしたわけです。双葉山というのは大分県出身の35代横綱です。彼の創った69連勝という記録は、歴代横綱の夢であり目標でした。しかし、その記録に近づいたのは千代の富士の53連勝まで、60連勝にも戦後の横綱は届いていません。双葉山の時代は、年2場所であり、この記録は昭和11年から14年にかけて創られたもので、3年半一度も負けなかった。彼は身長179センチ、体重128キロと相撲取りとしては小柄であり、更に5歳の時右目を事故で失明、また右小指が動かないというハンデイーを持ちながら、持ち前の真面目さと努力で不世出の横綱に成長しました。この横綱を白鵬は目標とし、常に彼のようになりたいと願って精進してきたようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;双葉山が広島県出身の安藝ノ海に敗れたとき、恩師安岡正篤氏に、その心境を電報に託しました。それが「未だ&lt;a title="木鷄" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E9%B7%84"&gt;木鷄&lt;/a&gt;たり得ず」という言葉です。この言葉は、古代中国の老荘思想の思想家である&lt;a title="荘子 (書物)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%98%E5%AD%90_(%E6%9B%B8%E7%89%A9)"&gt;荘子&lt;/a&gt;の説いた言葉で、「鍛えられた&lt;a title="闘鶏" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%97%98%E9%B6%8F"&gt;闘鶏&lt;/a&gt;が木彫りの&lt;a title="ニワトリ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%AF%E3%83%88%E3%83%AA"&gt;鶏&lt;/a&gt;のように静かであるさま」を現し、真の賢者・強者はいかなる時でも不動の心を忘れないという意味です。白鵬はこの&lt;a title="木鷄" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E9%B7%84"&gt;木鷄&lt;/a&gt;の姿に日本人としての横綱の理想を見つけ、目標に掲げ努力をしたのだと思います。敗れた後、土俵に上がって一礼し、記者団に取り囲まれての一問一答の中に、彼の求めた理想の姿を見つめることができました。敗れたりとはいえ白鵬関、あなたはもはや&lt;a title="木鷄" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E9%B7%84"&gt;木鷄&lt;/a&gt;である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　１１月１７日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-2770150320355322613?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2770150320355322613'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2770150320355322613'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/12/blog-post_355.html' title='未だ木鷄たり得ず'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-634053235460066488</id><published>2010-12-09T10:08:00.000+09:00</published><updated>2010-12-09T10:11:15.998+09:00</updated><title type='text'>日本シリーズ・ロッテ優勝おめでとう</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。今年の日本シリーズは、このシリーズ出場をかけて戦うクライマックスシリーズでパリーグ3位からはい上がったロッテが、セリーグ優勝チーム中日を第7戦の劇的な逆転で勝利し、日本一の栄冠に輝きました。土曜日に行われた、延長15回2対2の引き分け試合は、球史に残る好試合で、日本シリーズ最長時間にもかかわらず、テレビから目を離すことができませんでした。9回以降は、中日のさよならのチャンスが毎回訪れ、これで今日は終わりだと何度も思わせましたが、ロッテの驚異の粘りによって引き分けに持ち込み、一昨日、日曜日の試合になったのはご存知の通りです。序盤戦で中日が6点を入れて6対2となったときには今日はこれで終わって、最終戦は月曜日だなと思って、女子バレーボール、トルコ戦を見ていたのですが、途中でまた気変わりして日本シリーズにチャンネルを合わせると、何と6対6になっている。そして逆転。更に9回裏に、再び同点に中日が追いついて、7対7の延長戦。12回の表に、1点を入れてついに日本シリーズを制覇しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;クライマックスシリーズが始まる前、両リーグの前評判では、中日、日本ハムが高く、ロッテが優勝するなど誰も語っていませんでした。では、何故、彼等が優勝できたのでしょうか。ロッテの選手の中に、先日行われたドラフト会議で、鳴り物入りで入団した選手はほとんどいません。どちらかというと地味な選手達であり、最後に勝ち越しのヒットを打った選手もドラフトにあがらないで、それでも野球を諦めないで、地方の小さなチームからはい上がった選手です。監督就任1年目の西村監督は、個人の力は皆、持っているが、団結力に欠けるとして「和」をスローガンに掲げて、チーム一丸となって闘い、勝ち取った勝利です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ほんの少し前、パリーグの試合はテレビで放映されることはほとんどないくらい、観客も少なく、人気もありませんでした。しかしこの10年の間に、パリーグのどのチームもフロント、選手、ファンが一体になって努力をして、今ではセリーグを越えるチームばかりになってきたように思います。ロッテの選手達に、ハングリー精神を大きな武器に変える、諦めない気骨が勝利を呼んだと思います。そして何よりも、みんなで頑張る、特別な一人ではなく、何よりも和を大切にして皆で努力する選手が一丸となって勝利を導き、皆を感動させてくれたと思っています。さて、生徒の皆さん、彼等の行動を私達に置き換えて考えてみてください。皆さんのハングリー精神を何処に焦点を当てるのか。皆さんが一丸となってどう団結するのか。毎日の学習を諦めないでどう努力しようとするのか。彼等の今回の試合の中から学びましょう。ところで明日から3年生は修学旅行です。先週お話をしましたように、今年も新型インフルエンザ流行の兆しが見られます。昨年の経験を生かし、この1年培ってきたことを旅先でも実践し、楽しい旅行になるように祈っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　１１月９日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-634053235460066488?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/634053235460066488'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/634053235460066488'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/12/blog-post_611.html' title='日本シリーズ・ロッテ優勝おめでとう'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-907568171020557357</id><published>2010-12-09T10:04:00.001+09:00</published><updated>2010-12-09T10:07:45.437+09:00</updated><title type='text'>喉もと過ぎれば熱さを忘れる</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。今日から後期の始まりです。昨年は、新型インフルエンザの流行によって、全国の学校がその対応に追われたことを皆さんは覚えているでしょうか。本校は、他校に先駆けて新型インフルエンザが流行し、昨年の今頃は、中学校で、毎週クラス閉鎖をすべきか、学年閉鎖をすべきかを悩んだ日々が続いていました。新型インフルエンザがはやり初めの頃の我が国の対応は、まさに水も漏らさないといった神経質なものでしたが、そのウイルスがそんなに強毒でないと判った頃からだんだんと穏やかになって、昨年の今頃は、普通のインフルエンザと同じような対応に変わっていきました。私達も次から次へと感染してゆく皆さんを前に、始まりの頃の緊張感は何処へやら。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、あれから１年以上の歳月が流れました。そこで、本日は改めてインフルエンザウイルスの怖さを皆さんで確認しなければならないと思っています。昨年のウイルスは弱毒性でしたが、インフルエンザの中には鳥インフルエンザと云われているもののように大変強い毒性を持ったウイルスもおり、それに感染すると、治療法がなかったり、体内で菌が急増することによって命を落としたり、誠にやっかいなことになります。そのようなウイルスによる流行の可能性は非常に高いといわれており、事実この10年で、東南アジアの国々で発症しており、これまで日本はかろうじて水際で防いできたという事実を皆さんは知っていると思います。しかし、これまで水際で防ぐことができたからと云って、これからも防ぐことができると考えるのはあまりに甘い考え方です。どんなに神経質に外からのインフルエンザウイルスを防ごうとしても、空を飛んでくる鳥や、諸外国からのおびただしい数の外来者の持ち込む菌を防ぐことなど、国際化が進行した現在にあっては無理なことなのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;では、私達にできることは何か。まず、この新型のウイルスを正しく理解すると云うことです。昨年のあまりに神経質な対応ではなく、その特性を正しく理解し、各自が予防に心がけることが大切です。昨年、皆さんが体験した集団感染の実態を一冊の本にまとめて全国の発信いたしましたが、その本の77ページ以降に書かれている新型インフルエンザ対応マニュアルを改めて生徒の皆さんで読んでいただいて、各自が予防に心がけていただきたいと思います。私達はよい意味でも悪い意味でも、喉もと過ぎれば熱さを忘れるということわざにもありますように、実際になってみて、しまったと思う動物なのです。それ故に、後期の始まりに当たって、昨年度、皆さんにお願いした予防のための手洗いや、うがいをしっかりとする、早めに予防接種をする等に心がけ、新たに感染しないように気を配ってください。そして皆で元気に日常の学習に戻ってください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（後期始業式　１０月２６日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-907568171020557357?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/907568171020557357'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/907568171020557357'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/12/blog-post_4407.html' title='喉もと過ぎれば熱さを忘れる'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-4763198841472833154</id><published>2010-12-09T10:02:00.000+09:00</published><updated>2010-12-09T10:04:34.719+09:00</updated><title type='text'>節目、節目を大切に</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。本日で、前期の授業が終了しました。本校は2学期制を取っておりますから、秋休みがあるわけです。一年の中での中間まで来ました。皆さんは、4月に本校でこの1年を如何に過ごすかと云うことについてしっかりと計画を立てたと思いますが、その計画通りに実行できているかを、この節目の時に考えていただきたいと思います。私達は意志が弱いですので計画を立てたとおりになかなかいかないものです。それ故にこのような休みを使って、再吟味することが大切です。まず、中学生ですから、中学時代に自分は何を身につけたいか、そのために、1年生、2年生、3年生の時にどのように行動するのか。如何に学習するのか。クラブ活動ではどのように頑張るのか、しっかり考えて、後期を迎えるようにしてください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、1年生の皆さん、皆さんは広島県内のいろんな小学校からそれぞれが夢を抱いて本学園に入学しました。それぞれ異なった環境からこの学校に来て、みんなと仲良くなれるか、学校の雰囲気に馴染めるか、友達ができるか、授業について行けるか、いろんな不安を抱えながら、手探りで前期を終えるわけです。幸いにして今のところ、この学校から去っていった人はいないわけで、この半年の中で喧嘩をしたり、涙を流したり、悔しい思いをしたり、いろいろな体験があったと思いますが、それらは皆々さんが成長している証しであり、喜びも、悲しさも前向きに受け止めていただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2年生の皆さんは初めてのコース制の下で学んでいますが、先生方も試行錯誤しながら、新しい安田の文化を創造しようとしています。皆さんの歩んだ道が、今後の本学園の教育文化となるわけで、その意味で責任は重大です。学習において決して妥協することなく、もっと激しく挑戦することを希望します。学習において、日常の生活態度において、甘えていないか、良く吟味しましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3年生の皆さん、皆さんはこれまでの安田の教育とつぎに生まれいずる教育を結ぶ重要な立場で学ぶ生徒です。特に中学3年生は中高一貫教育を進める学校では、その取り組みに成果がなかなか上がらず、どの学校でも苦慮しているのが全国の傾向です。皆さんの学年はその原因について早くから分析して、中3でぼんやりと過ごさせないように、様々な仕掛けを先生方が考え、それらのことに皆さんは共感して努力してきました。いよいよその努力の成果が問われるときがやってきます。パブリックの学校では、後期は皆必死で受験勉強に精を出します。他校の生徒達の努力に倍する努力を皆さんに期待しています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、先生方におかれましては、採点、通知表の作成などで多忙だと思いますが、忙中閑あり、短い休みをうまく使って身体を休めてください。さて本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（前期終業式　１０月２０日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-4763198841472833154?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4763198841472833154'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4763198841472833154'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/12/blog-post_7862.html' title='節目、節目を大切に'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-1040032655480966233</id><published>2010-12-09T09:58:00.001+09:00</published><updated>2010-12-09T10:01:50.216+09:00</updated><title type='text'>努力は人を裏切らない･白鵬とイチロー</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。先週は大変な記録が二つも達成されました。一つはイチロー選手の十年連続二百本安打達成です。彼が二百本目のセンター前ヒットを打ったとき、彼は一塁上で、なにもなかったかのような仕草で、いつものようにサーポーターを外し、一塁のベンチを見ました。その時、マリナーズのベンチの選手が全員揃って立ち上がり、彼に拍手を送っていた。そのことに気付いてようやく、観客の歓呼に帽子を取って応えました。世界一の偉業を成し遂げた瞬間としては誠にクールな風景でした。その日の試合後、彼はベンチの選手の祝福を見て、「自分は喜んでいいんだと思った」と語っていますが、彼の心の中に、二年前に、あるいはもっと以前から受け続けたやっかみに対するトラウマのようなものが偉大な選手イチローですらあるのかと一瞬思わざるを得ませんでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;イチローは天才だと云われたとき、「私は天才ではないが、優れた記録を残せるように常に準備をすることができる」と語っていましたが、世界一の偉業も毎日の努力の積み重ねによるのだと言うこと、このことを改めて教えられた一日でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、この日曜日の白鵬全勝優勝・四連覇、これまで八回の全勝優勝も、大相撲史上に残る記録であり、手に汗をにじませながら彼の活躍を見ることができました。来場所も相聖といわれた双葉山の持つ六十九連勝を目標に土俵に上がり、七日目にその連勝に到達し以後は未知の世界に突き進むことになるのでしょう。この度の全勝優勝を祝福するインタビューの中で、白鵬は次のように答えています。「私は決して強い人間ではありません。ただ、私はとても運のよい人間であると思います。運というのは、毎日、一生懸命に努力し、練習を積み重ねていると、神様がご褒美として与えてくださるのだと思います。」野球賭博問題で、大相撲界は風前の灯火となり、客足が遠のき、貴乃花や若乃花の時代のあの盛り上がりが夢のようになってしまっている国技館の中に、凛として輝き続ける白鵬もまた、イチローと同じように、人知れず、こつこつ努力をしてつかんだ栄光であるということを私達に語ってくれました。彼もまた、努力は人を裏切らないと実証してくれたわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私達は、時に、努力をしていても報われないのではないかと疑ってしまい、努力することを諦めたり、投げ出したりすることがままあるのですが、彼等をとおして改めて、諦めないと云うこと、努力を継続すると云うこと、周りの人々と一緒に頑張ると云うこと、これらが人生を切り開くのだと教えられたような気がします。そしてもう一つ、この偉業をそれぞれが外国で成し遂げているという事実です。二十一世紀はグローバルスタンダードの時代であると教えられているように感じました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　９月２９日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-1040032655480966233?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1040032655480966233'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1040032655480966233'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/12/blog-post_09.html' title='努力は人を裏切らない･白鵬とイチロー'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-2174318001733587880</id><published>2010-12-09T09:55:00.001+09:00</published><updated>2010-12-09T09:58:13.456+09:00</updated><title type='text'>人は何故学問をするようになったのか</title><content type='html'>明日はお彼岸の中日。皆さんはきっと、お墓に参って先祖にご挨拶をして、おはぎを食べるのかな。先週から申し上げているように、是非日常の生活の中に、手を合わせて感謝する生活を持ち込んでいただきたいと思います。優しい心で、穏やかな笑顔で、まわりの人々、それはお友達、ご両親、ご先祖とともにあることを喜び、感謝する祈り、この実践に心がけましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで､ようやくしのぎやすくなりました。秋の夜長、皆さんは毎日どのように過ごしているのでしょうか。この時期は学問の秋と昔から云われてきました。では何故、人々は学問をするのでしょうか。私達人間はホモ・サピエンスと呼びます。ホモ・サピエンスとは「知恵ある人」という意味です。このホモ・サピエンスは他の動物とは違い、身体機能や攻撃力等という戦闘的な能力を身につけて生き残るのではなく、脳を大きくして、知性と思考力を磨くことによって、大自然の苛烈な試練を乗り越えてきました。集団を為して競争を制し、学習によって他の動植物との共存を果たし、多様な生活文化を創造するという独特な生き残り方をしてきました。これは他の動物とは一線を画するものであり、総て学習することでなし得るものでした。故に人間にとって学ぶと云うことは生き残るための最も効果的手段であり、人間にとって最も本質的なものであったといえるのです。人間は自然界においては誠に弱い存在であり、一人では殆ど生き残ることはできません。それ故に人は生き残るために知性を磨き、言葉を持ち、思考力と学習によって知恵を身につけ、この地球上に君臨してきたのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;パスカルが彼の著書『パンセ』の中で、「人間は弱い一本の葦に過ぎない。それは自然の中でも最も弱いものである。しかし、それは考える葦である。」と述べていますが、まさに、自然界における人間の位置を明確に示したものといえましょう。この自然と人間との関係を見つめていてふと気付いたことがあります。それは、日本と世界との関係です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この8月の参議院の予算委員会で、川端文部科学大臣が次のように述べている。「資源のほとんどない狭隘な郷土と全世界で云えば少ない人口の中で、日本がこれだけ今日まで発展してきたのは、人材、とりわけ科学技術を中心にした経済的にも支える人材が中心であったことは間違いのない事実であった。その人材を育むのは当然ながら高等教育であるので、高等教育における人材育成が国を支え、成長していくための根幹のテーマである。」と。この見解は､まさに人間と自然界の関係によく似ています。私達が日本人としての誇りを持ち、豊かに生きてゆくためには、学問をすることが最もその目的を達成するための効果的手段であるということであり、それは日本人が恐竜時代のか弱きほ乳類と同じ条件下の中に置かれた存在であるということと同じであることを自覚すべきです。私達が何故学習をしなければならないのか、それはこの地球上で日本人として誇りを持って生きるための唯一の手段であるからに外ならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　９月２２日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-2174318001733587880?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2174318001733587880'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2174318001733587880'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/12/blog-post.html' title='人は何故学問をするようになったのか'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-5802674806814277747</id><published>2010-09-22T18:14:00.000+09:00</published><updated>2010-09-22T18:16:22.119+09:00</updated><title type='text'>暑さ寒さも彼岸まで</title><content type='html'>　昔から、「暑さ寒さも彼岸まで」といって、夏の暑さがこれで終わる、冬の寒さが終わる。いい季節になる、種まきの季節春が来る、実りの秋になると私達の先祖は、この日が来るのを待ち望んだようです。9月23日は秋のお彼岸の中日となります。来週は彼岸の始まりです。私達の先祖は、そしてお爺さん、お婆さんはこの日を1000年前から大切にしてきました。このお彼岸の中日はともに季節の変わり目、春分の日、秋分の日となります。この日はみんな春にはぼた餅を作り、秋はおはぎを作って仏壇に供え、先祖に挨拶をする、お墓参りをする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何故、私達日本人はこの時期にお墓参りをし、先祖を大切にするという行事を持ったのでしょうか。その理由は「お彼岸」という文字の中に隠されているようです。彼岸とは、インド･サンスクリット語でパーラミタといい煩悩を脱した悟りの境地、西方浄土を意味しています。仏教では欲望に迷わされたり、苦しみに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」（しがん）と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」といい、人間の求めるべき理想の世界としたのです。そしてその彼岸に至るために仏陀の弟子達が六つの戒めを説いて、実践するように進めたのです。これを六波羅道(六つのパーラミタ)と云います。即ち、布施(ふせ)・持戒・忍辱(にんにく)・精進(しょうじん)・禅定(ぜんじょう)・智慧の六つです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この六つを総て実践することは困難ですので、この中の一つ、布施という修行の内、無財の七施という実践徳目がありますので、本日はこれを皆さんに紹介したいと思います。それは、慈眼施･･　温かい眼差しで接する、和顔施･･明るい笑顔、優しい微笑をたたえた笑顔で人に接する、言辞施･･心からの優しい言葉をかけていく、捨身施･･肉体を使って人のため、社会のために働くこと。心慮施･･「ありがとう」「すみません」などの感謝の言葉を述べる、床座施･･場所や席を譲り合う、房舎施･･訪ねてくる人があれば一宿一飯の施しを与え、労をねぎらう。お金がなくても、我が身一つで誰でもできる布施のことです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間の心はとても弱いのです。誘惑に負け、他人を羨み、責任を人になすりつけ、自分だけは悪くないと正当化して生きています。そして悲しい惨めな自分の空間を作りその中で迷っています。どう生きたらよいのかなかなか正しい判断はできません。それ故に仏の教えを信じて、今日から、みんなでこの七施の中のどれでもいい、一つを実践してみましょう。そして皆さんの先祖に、そして親に、クラスの仲間に、そしてあなたの周りにいる友人に、感謝をしながら過ごしたいものです。せめてお彼岸の間でも心豊かに生きてください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉ともう一つ、「撒けよ撒け仏の種も彼岸から」という彼岸にちなんだ言葉があるのです。仏の種を私達の心の中で育ててみたいものです。さて本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　９月１５日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-5802674806814277747?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5802674806814277747'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5802674806814277747'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/09/blog-post_22.html' title='暑さ寒さも彼岸まで'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-1753713562504154041</id><published>2010-09-22T18:07:00.002+09:00</published><updated>2010-09-22T18:12:29.186+09:00</updated><title type='text'>マザーテレサ生誕100年に思いを寄せて</title><content type='html'>この９月5日で、マザーテレサが亡くなって13年になります。また、マザーテレサは1910年8月26日に生まれておりますから、誕生して今年は100周年です。そこで、本日は彼女を偲んで、彼女の愛の実践ついてお話をさせていただきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼女は35歳まではインド中部の裕福な家庭の女性が通う高校の校長をしていました。彼女は何不自由のない生活に、シスター（神に仕える者）としてこのままではいけないという漠然とした不安を抱えていたのですが、そんなある日、列車の中で神の啓示を聞くのです。彼女はその事について後に次のように述べています。「神が私に『貧しい人々の中の最も貧しい人に仕えなさ』いと云われたのです。」と。そこですぐに彼女は学校を辞職し、身一つでカルカッタの町にやってきたのです。当時のカルカッタは、地方で生きられなくなった人々が職を求めて路上にあふれ、犯罪と貧困の町だったのです。体一つのテレサは、何もすることができず、ただ貧しい人々の話に耳を傾けていたのですが、ある日、路上で誰にも振り向かれることなく死んで行く人々を見たのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;飢えて路上で死ぬということを皆さんは想像できますか。彼らは道往く人に食べ物を求めるが、誰も振り向かない。親族も知り合いもいない。飢えて動けなくなり、それでも誰も援助の手を差し伸べられず、そのうち渇望のまなざしが道往く人へ憎しみのまなざしを変わり、その身体の蝿がたかり蛆が涌き、その蛆を払い除けることができなくなるくらいに衰弱すると、激しい憎悪のまなざしで総てを見つめ、そして死んで行くのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのような人々を見た彼女は、ガンジス川の水を汲み、瀕死の名も無い彼らを抱き、汚物と蛆にまみれた身体を奇麗に洗い流し、彼らを抱き締めたのです。瀕死の彼らは皆なぜこの人はこんなことをと思い、疑い、尋ねるのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あなたはなぜ私にこんなことを」。テレサは、優しく彼を見つめ答えました。「あなたを愛しているからよ」と。その瞬間、彼は最後の命を燃やし、彼女の手を握りしめて、と惑いと激しい憎悪の目から深い感謝のまなざしに変え、彼女の手の中で命を引き取りました。テレサは、「こんな深い感謝を私は受けたことはこれまでになかった。神の云われた意味がはっきりと理解できた。」といっています。以来、彼女は目の前にいるこのような人々に愛を捧げ、多くの人々に感動を与えて、天寿を全うされました。マザーの活動は、インドにとどまることなく、世界に拡大してゆきました。たった一人の小さな愛の実践が世界の人々を動かすのです。そして、この世界の片隅で、多くのマザーに共感した人々が愛の実践を行っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、私たちも世界の中の小さな一人です。彼女のようなことはできないまでも、せめて回りの人々に暖かいまなざしを向けたいものです。さて本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　９月８日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-1753713562504154041?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1753713562504154041'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1753713562504154041'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/09/blog-post.html' title='マザーテレサ生誕100年に思いを寄せて'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-4245471762843022362</id><published>2010-07-29T16:57:00.000+09:00</published><updated>2010-07-29T17:02:16.279+09:00</updated><title type='text'>夏休みに入る</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。今年の梅雨は、広島県に大変な災害をもたらせました。庄原市、呉市、その他、県内のいろんなところで、死傷者を出し、河川が氾濫、崖崩れ、家屋の倒壊、そして遺体がなかなか発見されていない方もあって、自然災害の怖さを思い知らされました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、県内の多くの学校が、この豪雨のために休校に追い込まれましたが、本学は結果として一日も休校にすることなく、試験、授業を実施しました。交通機関が各地で寸断され、学校に来ることができない生徒、あまりの交通渋滞で遅れる生徒もいましたが、結果としては殆ど、全員と言っていいくらいに皆が学校に来て授業、試験を受けて、本日を迎えました。休校にして自宅待機をお願いすべきかどうか、随分悩みましたが、昨年度の早期の学園閉鎖とは全く反対の授業実施を決断しました。個別的には生徒の皆さんや保護者の皆さんにご苦労をおかけすることになりましたが、何とか計画通りに試験を実施することができ、安堵しているところです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;危機管理という意味で、どう決断すべきか、これは何が正しいとか正しくないとかというのは、その時点では判断できないわけで、これで良かったかどうかは少々時間をおいて考えていただければと思います。ともあれ、生徒の皆さんが事故なく、当初の計画通りに第二試験を終えて、元気で本日を迎えることができたことを喜びたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、梅雨も上がり、この一週間、熱い日差しが注がれるようになりました。明日から本学園は夏休みに入ります。休みといっても本年度から、高校生は皆補習が入っており、特に六年生はお盆を除いては毎日のように講座が開かれています。六年生は、県の総体が終了すると同時に7時間目の補習が始まり、大半の生徒がその講座に参加しており、放課後の教室で沢山の生徒が学習している姿が目立ちます。着任以来提案してきた自主的に残り、皆で教室で学習する姿が当たり前になっています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、本当の学力は親から、塾の先生から強制されてするといった受け身の学習ではなかなかついてきません。高い目標を掲げ、その目標に向かって自分の意志で自分の課題を明らかにして学習する。そのような仲間がともに集まって手を取り合って学習してこそ、伸びてくると思います。夏休みは、本当に自分の学習ができる時ですから、先生方をうまく活用して、仲間とともに先生方を巻き込んでしっかり頑張っていただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3年生の皆さん、中学のリーダーとして、皆で学校を使ってクラブ活動、学習に精を出していただきたいと思います。1年生の皆さん、少し慣れて緊張感が切れてくる時期です。この夏休みを使って、自主的な学習習慣を身につけましょう。先生方におかれましては、休み中といえども殆ど休みは取れないと思いますが、やりたくない生徒を追いかけて指導をするという効率の悪いことは止めて、生徒達の求めに応じて指導をするという視点で、生徒の指導に当たっていただきたいと思います。宜しくお願いいたします。さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。　　　　　（７月２３日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-4245471762843022362?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4245471762843022362'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4245471762843022362'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/07/blog-post_216.html' title='夏休みに入る'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-5359139839476800282</id><published>2010-07-29T16:54:00.000+09:00</published><updated>2010-07-29T16:57:03.286+09:00</updated><title type='text'>日本の学校はなぜお掃除の時間があるのか　</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。校長の水野です。先週、学校におけるお掃除の意味を問うてみようというお話をしました。日本の学校では、何処でもお掃除の時間があって、先生と生徒が一緒になってお掃除をしますが、その掃除がなかなか徹底されず、大半の学校が汚れている。もちろん先生方の教官室もきれいなところはあまり見たことはありません。世界に目を向けますと、学校で清掃を義務化している国はヨーロッパではほとんどなく、清掃員が請け負って掃除をします。アジアでも清掃を義務化している国は、日本以外ではベトナム、韓国、台北などで、その他の国では発展途上国に限定されます。では日本や韓国・ベトナムなどでなぜお掃除が学校の教育の中に入っているのでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それは仏教の教えから来ていると言うことです。仏教ではお掃除は、悟りに至るための修行の一つとして考えられています。沈黙の中でただひたすら目の前の環境を美しくする。美しい環境にしていく過程で自分の心の煩悩も捨て去ることができるという考え方です。この修行のきっかけとなった教えが、茗荷の悟りへの道です。茗荷という野菜を皆さんは知っていますね。少し香りが強く、冷やしそうめんの具として、あるいは夏の暑い日に鱠として広く料理の中で活用されますが、これは食べ過ぎると、少し物忘れをさせる植物で、茗荷という俗名が着いているのです。茗荷は、名前を担うと描きますが、こればブッダの弟子の周利槃特という人物につけられたあだ名から取ったものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;かつてブッダのもとには多くの弟子がおりましたがその中でも最も優れた人物にマハハンダカという弟子がいました。しかし、弟の周利はたいへん頭が悪く、自分の名前すら忘れる始末で、仲間が、忘れさせないために名前を書いて首にかけさせていたので、茗荷と呼ばれたのです。兄はそんな弟を不憫に思い、修行僧としては辛いといって彼を祇園精舎から出るように言います。そんな時ブッダが、外から帰ってきました。荷物をまとめて泣きながら出て行こうとする茗荷に事の事情を聞き、ブッダは言いました。何も修行をやめることはない。学問だけが修行ではない。ここに一本の箒がある。これで、この場所を「垢を除かん、塵を除かん」といいながら掃除をしなさい。そしてその時、心のゴミも捨て去るのです、といいました。歳月が流れたある時、祇園精舎の片隅が光り輝いて見えると報告があり、ブッダはその地を訪れました。そこには一心の掃除に打ち込み悟りに至っている茗荷の姿があったのです。ブッダは多くの弟子達に語ります。「見よ、茗荷はもはや悟りに至っている。」後々、茗荷は多くの人に教えをわかりやすく説いたと言われています。そして彼の墓の側にはえた花があり、その花は茗荷と名付けられました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この教えから、仏教国では、清掃が教育の重要な要素として取り入れられたのです。日本の戦国時代、江戸時代とどの寺子屋でも、教育は掃除から始まりました。明治の教育改革でも総ての学校で掃除が教育の一環として取り扱われました。そして今日に至っているのです。他のことを考えることなくただひたすら清掃に打ち込むことをもう一度、みんなで進めてみようではありませんか。&lt;br /&gt;さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。　　　　　　　　　（合同朝礼　７月１４日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-5359139839476800282?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5359139839476800282'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5359139839476800282'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/07/blog-post_6711.html' title='日本の学校はなぜお掃除の時間があるのか　'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-7471662840447273141</id><published>2010-07-29T16:51:00.001+09:00</published><updated>2010-07-29T16:54:43.314+09:00</updated><title type='text'>清掃することの意味を問いかけてみよう　</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。鬱陶しい梅雨も終わりに近づき、時々厚い日差しが私達に注がれます。もう夏がやってきているようですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、校内の庭木を通して雫が、ぽたぽたと音をたてて庭の敷石を打っています。そして敷石は美しくその石の個性をよみがえらせ、安田の学園の庭はいかにも日本の庭園だと感じさせてくれます。そんな中を、中学校では毎朝、生徒の皆さんが掃除をしています。また、高校の方を見ると庭の朝の清掃はいつも同じタイプの人が一生懸命にしています。これは自主的に清掃をしているのか、それともクラブ活動の指導の一環として行っているのか、ともあれ、毎朝、箒をもって一心に清掃をしている姿に、私はいつも新鮮な気持ちにさせられるのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;安田学園では、創立以来清掃活動を教育活動の一環と考えて、徹底して清掃をすることが求められてきました。ずいぶん前の話で恐縮ですが、私の従妹がこの学園で学んでいた時代があり、叔母と一緒にたった一度ですがこの学園に来たことがあるのです。その時、校舎の2階の廊下の桟に何となく手を置いて歩いて、ふと、手を見ると埃がついていない。それどころか、いつも磨いているせいか、手がさんに引っかかるのです。私は叔母に「流石に女子校はきれいに掃除をしているんだね」と感心して話したことを思い出すのです。40年ぶりに本学の校長になってこの学園に着任したとき、校舎は40年の歳月をとおして古くなっていますが、以前と同じように掃除が行われていて、古きものを常にきれいに清掃して、そして新しく使われていて何かしらすがすがしく感じたものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あれから三年が過ぎて、今、同じ気持ちかというと実はそうではないのです。安田の中における清掃活動が教育の一環として受け止められていないように思えてならなくなってきたのです。生徒の皆さんにしても先生方にしても清掃を教育の一環と考えて行うのではなく、ただ習慣としてこれまでしてきたことを行っている。ということは、一旦どこかの部分が清掃されなくなると、何となく次の世代もやらないことで受け継がれてしまっている。かつての安田は、清掃について徹底して行うという不文律のようなものがあり、中学でも高校でも、年を重ねた先生方はもちろん新しく採用された先生方も徹底して清掃する態度を自ら示し、更に手を抜く生徒がいればそれを決して許さず、その態度を継承していたように思うのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;近年は多くの生徒の皆さんが都会のマンションで生活しており、掃除をする場所も少なくなり、また掃除道具も随分便利なものが出てきて、かつての安田で進めてきた清掃の形が生徒の皆さんになかなか理解されない傾向にあるようです。先生方も急速に若返って、かつての安田を背負ってこられた先生方と文化を共有することが困難になっているようです。このような時代であるからこそ、改めてお掃除について皆で考えてみる必要があるのではないでしょうか。今、校舎の片隅が埃をかぶっています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて生徒の皆さん、今の清掃のままでいいのでしょうか。せっかく清掃をするのですから、掃除が終わった後、嗚呼綺麗になった、そして私の心の中も綺麗になったと思えるような掃除をしたいものです。そして改めて清掃の意味を問う必要があると思いませんか。いつか、清掃の意味を私なりにお話しする前に、皆さんで考えてみて下さい。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。　　　　　　　　（合同朝礼　７月７日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-7471662840447273141?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7471662840447273141'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7471662840447273141'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/07/blog-post_8096.html' title='清掃することの意味を問いかけてみよう　'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-2726756458540645</id><published>2010-07-29T16:43:00.000+09:00</published><updated>2010-07-29T16:45:53.858+09:00</updated><title type='text'>素敵なおしゃれでありたい　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</title><content type='html'>　男は皆、美しく優しい彼女に出会いたいと思っているようです。女は皆強くて頼り甲斐のある男性に出会いたいと思っているのかな。ともあれ人は皆、男として、女として生まれ、生涯よりよい出会いを求めます。十代であろうが三十代であろうが五十代であろうが、異性に対する熱い思いは、変わる事はありません。異性に対する関心から男も女も皆おしゃれであろうとし、ファッション・化粧を工夫し、よりよい自分探しをするようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ところで、皆さんもよく知っているフランスのクリスチャン・ディオ－ルがお洒落について興味深い言葉を述べています。「本当に素敵なお洒落とはシンプルなものだ。」　現代の中高校生に目を移して見ますと、何故か皆同じようなファッションをしている事に気付きませんか。北は北海道から南は沖縄に至るまで、女子はミニスカ－ト・マニキア・マスカラ・香水、男子はシャツ出し・時々茶髪、どこの生徒もほとんど似たような、個性のない格好をしています。そして、どの学校でも、教師はこのような生徒の指導にやっきになっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ほんの少し前までの流行は、といっても20年前、あれは斎藤由貴さんが助番デカ雨宮さきを演じて流行したスタイル。ひこずるように長いスカ－トと黒や赤い色のソックス、何故だか真っ赤な口紅、馬鹿でかいリボンでした。男子は文旦・単蘭・リ－ゼントなどでした。その時も全国の中高校生は一斉に長いスカ－トをつけ、男子はリ－ゼントに単蘭でその指導に先生方は追われました。時を経て振り返ってみると、あんな事どうでもよかったのにと思ってしまいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただ不思議な事は、全国の若者が最も個性を主張したい年齢にも拘わらず不思議な事に同じ流行を追い、同じ格好をしているという事です。私はみんなが素敵な、個性的なお洒落に挑んでほしいと思っています。人がやっているから自分もと言うのではなく、自分らしさがにじみでるお洒落であってほしいと思っています。今の高校生達の形は、女子は自分の足を見せる事に、男子はアンバランスとだらしなさに力を注いでいるように見えてなりません。しかし、何故お洒落をするのかを問うた時、今のお洒落が皆さんの願いを実現するとは思えないのです。いつの時代も回りの人から愛される人の条件は清潔感と知性です。時に不潔感を感じさせるような現在の若者のお洒落は、人が振り返って見る事はあっても、深い共感と愛情をもって見つめられる事はありません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　さて、本校の制服は中学、高等学校ともにとても個性的で素敵な制服だと私は思っています。時流に流されない、少し地味で、しかしよく見ると落ち着いているいい制服です。学校の制服をプロがデザインし始めた時代の先駆けの作品です。デザイナーは森英恵さんです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;皆さん、この制服を素敵に着こなすというお洒落をして見ませんか。ディオ－ルは、真のお洒落はシンプルだといいました。今、全国の生徒達が制服を崩して着るという流行があるのなら、その流行に流されるのではなく、自分たちの制服に愛着をもって素敵に着こなす事によってお洒落をするような、その程度のプライドを安田の生徒として持っていただきたいと思っています。&lt;br /&gt;　さて、本日の話はこれで終わりです。今日も私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうもありがとう。　　　　　　　　（合同朝礼　６月３０日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-2726756458540645?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2726756458540645'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2726756458540645'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/07/blog-post_29.html' title='素敵なおしゃれでありたい　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-3975762665400425914</id><published>2010-07-29T16:41:00.001+09:00</published><updated>2010-07-29T16:43:38.584+09:00</updated><title type='text'>試験終了後の学習について</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。第1試験が終わり、ほっと一息ついたところでしょうか。今週から、鬱陶しい梅雨に入り、学内全体がじめじめした感じになってきました。廊下も湿気で滑りやすくなっていますから、教室からの移動などには気をつけるようにしましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、試験が終わって今、皆さんはどのような生活をしているのでしょうか。試験前は、自分の机に向かい試験対策の学習を一生懸命にしたと思います。そして試験を受けました。学習したことが出ていればうれしくなり、せっかく学習したのに、そのところが出ていなかったり、覚えていたつもりが試験では思い出せなかったり、今、皆さんは返ってきた答案を見つめて、各自がいろんな感慨を持っていると思うのです。ある人はあれだけ一生懸命やったのにと思っている人がいるでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;特に1年生の皆さんにとっては初めての校内試験ですから、ずいぶん緊張したでしょう。ともあれ皆さんは返却される答案に一喜一憂したというのが現状でしょうか。では、皆さんは返された答案をどのように活用しているのでしょうか。私はいつも思うのですが、試験の前は大半の人が学習するけれども、試験終了後というのは、意外と勉強が手につかない人が多いようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学力が伸びてくる生徒と、あまり伸びてこない生徒の差は、試験終了後の学習の在り方にあると思っています。即ち、皆さんは、定期試験ですから先生方によって範囲が決定され、その範囲で学習しました。その学習した中でどれが特に大切なのかを試験の前に確認し、皆さんはそれに基づいて繰り返し学習し、試験に臨んだ。試験はその範囲の中で大切な基礎内容と、少しの応用が出題され、皆さんはその試験を集中して受験した。ここまでで皆さんはその範囲について少なくとも２度、確認したことになります。そして、3度目、試験によって自分の学習の問題点や、理解できている箇所、できていない箇所が確実に確認できました。さて問題はここからです。理解できていないところが確認されたら、その部分について改めて正解を求め、確認する4度目を自分で実践すると、それらが皆さんの頭の中に知識として定着すると思います。ということは、学習するということで最も効果が上がるのはこの試験終了後の取り組みということになりそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;では、具体的にどうするか。まずは、「テストが帰って来たら、試験問題をもう一度解きましょう。」次に「間違いから学びなさい。」「何故ここを間違ったのか、単なる記憶違いなのか、それとも理解できていなかったからか、正解は何か、しっかり確認することです。」同じ間違いを繰り返さないことが肝心です。こうしていると、きっと学習に興味がわいてくると思います。そして、日常の先生の授業にしっかり耳を傾け、こつこつ学習をすることです。そうしているときっと毎日の学習が楽しくなると思います。総てはあなた方の努力の仕方の中にあるのです。頑張ってください。&lt;br /&gt;では本日の私の話はこれで終了です。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうもありがとう。　　　　　　（合同朝礼　６月１６日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-3975762665400425914?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3975762665400425914'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3975762665400425914'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/07/blog-post.html' title='試験終了後の学習について'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-132454309179456773</id><published>2010-06-09T17:38:00.000+09:00</published><updated>2010-06-09T17:41:26.053+09:00</updated><title type='text'>ゴールデンウイークの由来について</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。ゴールデンウイークも終わり、落ち着いた日常の生活にスイッチが入れ替わったのではなかろうかと思います。ところで、このゴールデンウイークという言葉は、戦後の祝日の増加に伴って、この時期に売り上げが増えることからどこかの百貨店がゴールデンウイークと名付けたようです。本日はこの週の間にある祝日の由来について簡単に紹介をしてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;昭和の日は平成19年から加わった、現在のところ最も新しい国民の祝日です。祝日法の一部改正により追加されたもので、日付は昭和天皇&lt;a title="昭和天皇" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E5%A4%A9%E7%9A%87"&gt;&lt;/a&gt;の誕生日である4月29日。趣旨は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」となっています。昭和64年1月7日の昭和天皇崩御により、同年以降の4月29日はそれまでの天皇誕生日としては存続できなくなり、同年以降の4月29日は「みどりの日」という名称の祝日に改められたのです。現天皇即位により、天皇誕生日は今上天皇の誕生日である12月23日に改められることとなり、この29日を普通日に戻さなければなりませんが、そうすると、ゴールデンウイークの一角を構成する祝日を廃止することになり国民生活への影響が懸念されたことから、4月29日を「みどりの日」と改めた上で祝日として存続させることとなったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、2007年以降は「みどりの日」を5月4日に移動し、4月29日を「昭和の日」とすることとなりました。次に、5月3日は憲法記念日。祝日法では「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」ことを趣旨としています。1947年5月3日に日本国憲法が施行されたのを記念して、1948年公布・施行の祝日法によって制定されました。また、5月5日は古来から端午の節句として、男子の健やかな成長を願う行事が行われていました。大正時代には「児童愛護デー」として活動を行っていた団体が存在し、国会にこどもの日を祝日とする請願が寄せられた際にも5月5日を希望するものが多かったためのようです。かつては、5月5日が祝祭日で3月3日が祝祭日でないことについて差別だ&lt;a title="男女差別" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B7%E5%A5%B3%E5%B7%AE%E5%88%A5"&gt;&lt;/a&gt;とする見方もありました。しかし近年では、国会の審議で決着がついたことや、男女の別なく祝う日というイメージが強くなったため、これに対する批判は見られなくなりました。3月3日は雛祭りとして女の子の日とされており、本来節句5月5日は男の子の日であるにも拘らず、男の子の日が無いのは男性が軽視されているのではという意見もあるようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;以上のような背景からゴールデンウイークは生まれ、そしてそのさなかに広島市のフラワーフェスティバルが生まれるのです。そして、安田の高校部ダンス部がここ3年、祭りの華であるパレードで広島の皆さんに感動をもたらせていると云うことです。平和を願うこの祭典が今後、もっと充実し、皆さんが活躍するよう願ってやみません。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt; 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　５月１２日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-132454309179456773?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/132454309179456773'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/132454309179456773'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/06/blog-post_5980.html' title='ゴールデンウイークの由来について'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-3865182470699942561</id><published>2010-06-09T17:34:00.002+09:00</published><updated>2010-06-09T17:38:06.263+09:00</updated><title type='text'>日本人としての誇りを忘れない　- リヨウ先生の信念に学ぶ -</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。四月ももう終わりになりました。一年生の皆さんはもう学校に慣れたでしょうか。さて本日は、この学校に何故毎週校長訓話があるのかについて皆さんにお話ししたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;近年、日本の学校で道徳教育の充実が求められ、教師の研修会が開かれれば必ず道徳教育の部会が設けられるようになりました。道徳教育は、昔は修身という科目であり、日本人の精神を育成する大切な教科として、学校の中核を担う先生が中心となって指導が行われてきましたが、第二次世界大戦の敗北の中で、このような教育が否定され、戦後、修身教育はなくなったのです。そして昭和20年から26年までの約6年間、日本国という国家が亡くなり、アメリカを中心にした占領軍の下に政府も教育も置かれた時代があるのです。もちろん広島は廃墟の中で最も苦難の日々を送っていた時代です。広島だけでなく日本のすべての主要な都市は廃墟の中にありましたが、学校は校舎が焼かれても青空学級の中で授業が始まったと聞いています。本学の記念誌を見てみますと、爆風で崩れ果てた瓦礫の山を教師も生徒も皆一丸となって整理している写真が出てきます。この風景は広島も呉も福山も皆同じ風景であり、その混乱の中で戦後の学校教育は始まったようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それまですべての教師がお国のためにという立場で授業を展開していたものが、そのような考え方は間違っていると否定され、民主主義という新しい理念が占領軍によってもたらされ、授業が始まります。民主主義とは何か、その思想を支える教育は如何にあるべきか、戦後の教師は迷いの中で教壇に立ったに違いありません。日本全国がこのような混乱の中にあって、学園創立者であるリヨウ先生は、あらためて日本人の子女はいかにあるべきかを問い、凛として普遍の教育に取り組まれたようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その様子を、終戦後20年を経て、中国新聞が次のように書いています。「安田学園は占領時代もガンとして修身教育をやり通したユニークな学校だ。」（中国新聞　昭40・7・18）と。そして、その当時を回想して、リヨウ先生は「そうですね、講堂での修身訓話は絶対にいけないと言われ、私がやろうとすれは、先生がたがとめるのです。進駐軍にひっぱって行かれると申します。それでも私は（各学年とも）毎週一回はそういう訓育をしましたね。そういうたがをはめないでは教育はあり得ないと思ったからです。訓話中、校門に先生方が出て進駐軍が来はしないかと見はっていたそうです」（安田リヨウ校長談）と笑顔で語っておられるのです。そして、今、私はリヨウ先生の意志を皆さんに伝えるために毎週この場に立ち、こうしてお話をしているのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;リヨウ先生の目指した教育に反していないか、今、生きておられたらどんなお話をされるだろうか、そんな気持ちで彼女の書かれた著書を探り、文をまとめ、話のすべてを文章に起こしてお話しさせていただいているというわけです。今年もリヨウ先生の声に耳を傾けながら、皆さんとお話をすることができればと思っています。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　４月２８日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-3865182470699942561?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3865182470699942561'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3865182470699942561'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/06/blog-post_09.html' title='日本人としての誇りを忘れない　- リヨウ先生の信念に学ぶ -'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-3773237350527406622</id><published>2010-06-09T17:32:00.000+09:00</published><updated>2010-06-09T17:34:18.240+09:00</updated><title type='text'>新入生を迎える</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。新学期が始まり、生徒の皆さんは少し緊張した日を過ごしているのではないかと思います。特に、1年生の皆さんにとっては、全く新しい環境なわけですから、とまどうことも多いのではないかと思います。安田の学園の中には皆さんが小学校で体験したことのなかったことが日常の中で当たり前のこととして行われます。例えば朝校門を通る時会釈をし、更に原爆慰霊碑の前でも会釈をします。そして朝始業前に自主的に清掃をします。前掛けをして黙って静かにひたすらお掃除、そして黙祷、あるいは先生のお迎えなど、この学校固有の教育活動があります。いつものことですが、生徒の皆さんがこの学校の教育にスムーズに適応することができるかどうかを私達教師はとても心配をしています。もし悩みができたり、判らないこと、例えば何故このようなことをしなければならないのかなどの疑問が出てきたら、いつでも遠慮なく先生方や、二・三年生の先輩に相談をしてください。きっと丁寧に対応してくれると思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学習はもちろん大切ですが、何よりも新入生の皆さんがこの学園に早く適応し楽しく生活できるようにしていただきたい。そのためにはまず自分の好きなクラブ活動に入部する、クラスの行事に積極的に参加する、友との語らいの中に入る努力をするようにしましょう。また、指導する先生方は教科によってそれぞれ違った先生が来ますので、その先生方のくせやいい所を理解して、授業に楽しく参加できるように頑張ってみましょう。「案ずるよりも産むが易し」と云う言葉がありますが、この言葉を信じて、早くこの学園での生活を楽しめるようになっていただきたいと思います。二．三年生の皆さん、皆さんの一年生の頃を思い出して、一年生のために優しい声をかけていただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、あんなに咲き誇っていた桜も昨日の雨で一気に散って、気がつけば青葉生い茂る日を迎えようとしています。自然界の変化には驚くばかりです。この変化と同じように私達の周りも大きく変化しましたね。私達は三月一九日に、優しかった卒業生を見送り、三月の終わりに多くの先生方に別れを告げ、そして四月のつい先日、新しい先生方と出会い、次の日、新入生と出会いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自然界が大きく変化し成長するこの三月から四月にかけて、私達人間も大きな変化の中に生き、そして成長をするのです。私達が大きく成長するというのは、大きく変化することに適切に適応し、その変化を前向きに受け入れ、そしてその中で、多くの仲間と共に誠実に生きると云うこと、これは人間の自然な摂理であり、その変化を前向きに受け入れると云うことが成長につながると云うことになるのです。大いなる成長をしてください。&lt;br /&gt;さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　４月１９日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-3773237350527406622?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3773237350527406622'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3773237350527406622'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/06/blog-post.html' title='新入生を迎える'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-7735632902900576216</id><published>2010-04-12T19:01:00.002+09:00</published><updated>2010-04-12T19:04:53.519+09:00</updated><title type='text'>平成２２年度入学式　式辞</title><content type='html'>安田学園の庭の敷石が桜の花びらで美しく染まる今日、安田女子中学高等学校保護者会会長杉川聡様を始め多くの御来賓、並びに保護者・ご親族の皆様方のご臨席を承り、平成二十二年度安田女子中学校入学式を挙行できますことは、私ども学園職員にとりまして、限りない喜びでございます。高い席からではございますが、謹んで御礼申し上げます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　さて、二百六名の新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。また保護者の皆様方の御慶びもいかばかりかと拝し、心よりお祝い申し上げます。新入生の皆さんを迎えるにあたり、本学園を代表いたしまして一言ご挨拶を申し上げます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;昨年度から本学園においては、理科系の人材を育成するために自然科学探究コースを設立し、更に、自己の能力開発を積極的に行い発達段階に応じて学習内容を選び取ることのできる総合コースの制度を導入致しております。新入生の皆さんはその変革に共感し、本学園の入学試験を自らの意志で決断して挑み、難関を見事に突破されました。皆さんの勇気ある挑戦に心から敬意を表すると同時に、ここで新入生の皆さんにお祝いと激励の言葉を送りたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;皆さんが入学されたこの安田学園は本年で創立九十五年を迎える広島県内屈指の歴史と伝統を持つ私立の女子学園です。この学び舎を巣立っていった同窓生は二万五千有余名を越え、広く内外で活躍をしておられます。学校創立以来、本学園は「柔しく剛く」という校訓のもと、女性としてのあるべき生き方を希求し、更に社会に積極的に貢献する品格のある女性の育成に心がけて参りました。このような教育のもとで成長された卒業生の努力と学園職員のたゆまぬ研鑽によって県内外で高い評価を受ける学校となっております。この素晴らしい学園に入学された生徒の皆さんに、お祝いの言葉に込めて二つ、お願いを申し上げたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その第一は、本校の校訓となっております、学園創設者安田リヨウ先生の掲げられた「柔しく剛く」ある女性とは、いかなる生き方をすることなのかを、自分自身に問いかけて中学校生活を送っていただきたいということです。一般的な優しさということではなく、安田学園に学ぶ者としての柔しさとは何か、剛さとはいかなることかを、学園生活を通して、積極的に語り合っていただきたいと思います。中学時代は発達心理学の立場で申しますと身体的生理的成熟期に当たり、この三年間を通して皆さんの身体が大人に大きく近づく時代です。この身体的な成長に伴う精神の揺らぎを正しく理解し、より健全に成長するように体を積極的に鍛え、精神の豊かさを求め、学習の基礎となる多様な知識の習得に努力することが皆さんにとってもっとも客観的な成長を促すものと信じます。この時代に、懸命に学習し身体を鍛えること、そして、その成果に満足することなく更なる挑戦をすることによって、本学の校訓が各自のものになると信じています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　第二は、この中学校生活を通して、素晴らしい友やよき指導者との出会いをしていただきたいということです。よき友、よき指導者に出会うためには、自らこつこつ学習し、自ら自分を研き、そして、回りの人に積極的に働きかけるということが大切です。人が何かをしてくれるのを待つのではなく、自分が何をすることが出来るかを問い、自ら積極的に行動し求める青春であって欲しいと思います。その為には、学習をしっかりとやることは当然のものとして、クラブ活動や生徒会活動、ボランテイア活動などに積極的に参加し、心身を鍛えてください。そして、自分のために安田学園が何をしてくれるのかを問うのではなく、家族のために、友人のために、この学園に集う総ての人の為に、あるいは皆さんの住む町の為に自分は何が出来るかを問うて行動し、自分が社会の一員として共に生きているのだという自覚を求めていただきたいと思います。このように生きることによって、皆さんの青春はきっと輝かしいものになると思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　最後になりましたが、保護者の皆様にお願いがございます。今日、日本及び、世界の経済は破綻の状況にあり、その陰が私達の生活の中に確実に忍び寄りつつあるようです。人類は、このような時代に、常に素晴らしい英知を発揮し、危機を克服して参りました。そして、その克服の原点は教育にあり、今まさに、日本の教育がおおきく問われていると思います。本学園はこのような変化の時代にあって、時代の流行にとらわれるのではなく、本来あるべき教育の本質を明らかにし、その本質に従った教育の本道を求め推進してまいりました。しかし、一方で、新聞などの報道で毎日のように見られる青少年の犯罪、あるいは心に深い悩みを抱え、学校に行きたくてもいけない子どもたちの増加は教育環境が混迷の時代にあるということを物語っています。このような時代であるからこそ、私たちの安田学園から二十一世紀にふさわしい教育とはいかにあるべきかを明らかにし、広島県はもとより日本全体に発信できるものでありたいと願っています。そのために、保護者の皆様も傍観者の立場に立つのではなく、自分の子どもが通う学園を自らのものとしてとらえ、安田学園が子どもの為に何をしてくれるのかということを問うのではなく、保護者として、子どもたちの為に何をなすべきかを問うて、本校の教育活動に積極的に御参加いただきたく、改めてお願いを申し上げる次第でございます。いついかなる時代にあっても教育は教師と保護者、生徒が一体となって行われて初めて優れたものになると思います。お嬢様の入学が保護者の皆様のこれからの人生にとっても喜びとなるようなあり方を皆様とともに模索してまいりたいと思います。どうぞ宜しくご協力のほどお願い申し上げます。&lt;br /&gt;以上、生徒の皆さんと保護者の皆様にお願いを申し上げて私の式辞といたします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　平成二十二年四月八日&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　安田学園安田女子中学校　　　　　　　校長　水野　善親&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-7735632902900576216?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7735632902900576216'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7735632902900576216'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/04/blog-post.html' title='平成２２年度入学式　式辞'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-1152961946718972821</id><published>2010-04-12T18:57:00.002+09:00</published><updated>2010-04-12T19:00:40.399+09:00</updated><title type='text'>平成22年度安田女子中学高等学校始業式　式辞</title><content type='html'>いよいよ生徒の皆さんが問われるときがきた&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　生徒の皆さんおはようございます。春休みも終わり平成22年度がスタートしました。今年の春休みは、冬に舞い戻ったと申しますか、咲きかけた桜の花が、蕾のままで暖かくなるのを待っているように感じました。広島の北部では、雪が桜の花につもる風景まで見られました。日本語にはそんな時に花冷え、あるいは名残雪などと云う言葉があるのですが、まさにそんな春休みでしたね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、一昨日くらいから一気の暖かくなり、桜の花も満開から、散り始めに移ろうとしています。このような本日、生徒の皆さんがこうして元気で登校してくれた事を大変嬉しく思います。さて、昨年度は、この学園の制度としての課題をほぼ克服し、新しい制度の下で皆さんが学習できるように取り組み、ほぼ学園の制度的改革を終えました。皆さんはこの改革を正しく受け止め、よく努力し、期待に応えていただきました。皆さんのおかげで、改革はできたのだと思い、とても感謝しています。１年くらい前から、その成果が皆さんの中で達成されるようになり、私達教職員もやりがいのある１年であったと思っています。先生方にも色々と自ら変わる努力をしていただいて、充実した1年を過ごすことができたという報告を沢山の先生方からいただきました。本年度からはシステム、カリキュラムなど、ほぼ変更をすることもなくなりましたので、いよいよその内容の充実と、生徒の皆さんの積極的な学習への参加が求められるときが来たのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私達教師は、まず初めに、私達のいる場所を整理し、すべての先生の机の配置を変更し、気分を一新して皆さんを迎えました。また、進路指導室も先生方が常駐し、常時皆さんの相談を受けるように致しました。では、これからどうあるべきなのか。即ち、いよいよ皆さんが、自ら立ち上がり、自ら求め、仲間と共にこれまで以上に激しく挑戦するときがきたと云うことです。安田学園としての教育内容を再構築し、学園訓である「柔しく剛く」ある女性はいかに努力すれば、そのように成長できるのかを具体的に示し、それに向かって皆さんが努力すると云うことです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はこの学園訓の理想的な形を、リヨウ先生の生き様の中に見いだし、次のように定義づけました。「自己の確固とした道徳に基づき、自ら高い志を掲げ、単に知識を増やすことのみに終始するのではなく、その知識を社会のために活用し、社会に必要とされる人間となる。」リヨウ先生の生涯をつぶさに吟味し、語られた発言を分析するとこのようになりました。そして、このような女性としての理想像に向かって私達はどう歩むべきかを問うた結果、その第一に、私達が安田の学園で身につけた躾の内容を私達の道徳に変えてゆく。第二に、私達は様々な夢を抱いていると思いますが、あれもこれもなりたいという夢から、一つを選び取って、その一つを実現するために高い志を掲げ、学校の仲間と共に積極的に努力する。そして第三に、私達が日頃学んでいる様々な知識を単に覚えている知識の段階にとどめず、知識を日常の生活の中で積極的に活用し、知識を体験的了解の基に自らのものにする智慧に変える。この三つを、本学園の教育の基本にすえて、生徒の皆さんと、教職員が一丸となって取り組んでいきたいと思っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先生方におかれましては、生徒の成長のためにこれまで以上の尽力をお願いするわけでありますが、改めて本年度から生徒達が求めるべき教師についてお話をさせていただきます。これから求められる安田学園の教師とは、生徒の要求に妥協する教師ではなく、各教科の目標に対して、厳しく対処できる教師であると思っています。厳しいというのは、言葉を荒げたり、大きく叱ったり、やたらと課題を出したり、成績で縛ったりするようなことではなく、授業の質の高さ、密度の濃さを求め、その指導において曖昧に妥協しないという厳しさであります。生徒が伸びないことを生徒の責任とするのではなく、教師の課題として真摯に受け止め、その克服に心血を注ぐ教師であっていただきますようにお願い申し上げます。生徒達はただいまお願いしたような先生方を求めていると思います。さすがに安田の学園の教師であると尊敬されるように皆さんと共に頑張って参りたいものです。宜しくお願いいたします。&lt;br /&gt;さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（平成２２年　４月７日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-1152961946718972821?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1152961946718972821'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1152961946718972821'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/04/22.html' title='平成22年度安田女子中学高等学校始業式　式辞'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-995203004814954805</id><published>2010-03-03T17:17:00.000+09:00</published><updated>2010-03-03T17:19:11.675+09:00</updated><title type='text'>春の気配がする</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。１月の初めごろ、中学校の玄関の左角に水仙の花が咲き始め、誠に寒い日々を私達に香りで慰めてくれました。もう少しで春になります、きっと暖かくなりますと云ってくれているように思いました。そして記念講堂の奥にあるお茶室の前の白梅の木の蕾が大きくふくらみ花を咲かせています。そして、ほんのりうす紅色の椿の花が今を盛りと咲き始め、朝早く来るとその枝にメジロという鳥が蜜を求めて動き回っているのを見ることができます。安田学園の中にある庭の大地がほのかに色づいて豊かになったようなそんな感じのする季節になりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先週まで本当に寒くて、路の掲示板に時々掲示される温度計は0度もしくはマイナスであったものが、今日は朝でも5度、日中になると17度以上になって、本当に春になっているのだと思わせます。気候の異変が叫ばれ、その危機が問われる中で、今年も寒い冬は終わりを告げ、春の訪れを自然界が私達に告げています。歳月というものは私達人間の意識に関係なく、確実にとうとうと流れてゆきます。&lt;br /&gt;私的なことで恐縮ですが実は私は近く63歳になります。広島県の教壇に立って40年の歳月を終えることになるのです。その間、若い頃は、自然の変化などには目をくれることなく、そのことを当たり前に思い、「嗚呼また今年も桜の花が咲くのか。」「また卒業式が来るのか、来年はどんな生徒が来るのかな。」と云ったことを思う程度のことでしたが、いつの頃からか、その季節の終わる頃に何かしら一抹の寂しさを覚えるようになり、その季節の自然の色を大変美しく、更にいとおしく感じるようになりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このようにして、自分の身の回りを見つめていると、初めに申し上げたような自然の営みが私達に暖かく声をかけてくれているように思えるのです。長い人生では、楽しいこと、心踊るような嬉しいことばかりではなく、苦しいこと、悲しいこと、辛いことに出会うことが大変多い。しかしどんなに辛いことに出会ってもどんなに苦しいことに出会っても、それを受け入れて生きなさい。あなたにばかり苦しいことを送っているのではありません。総ての人に平等に自然は、穏やかなる営みを送らせていただいているのです。さあ、皆さん勇気を失わないで、今日を精一杯生きてゆきましょう。私も美しく咲いて見せます。今はまだ小さな蕾だけれど、今咲いている花と同じように美しく咲いて見せますと声をかけてもらっているように思えてならないのです。生徒の皆さんはこの日本の美しい自然の営みをどのように見つめているのでしょうか。さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（平成２２年２月２４日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-995203004814954805?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/995203004814954805'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/995203004814954805'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/03/blog-post_9728.html' title='春の気配がする'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-4247454207054079351</id><published>2010-03-03T17:14:00.001+09:00</published><updated>2010-03-03T17:17:04.726+09:00</updated><title type='text'>節分、季節の変わり目について考える</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。中学入試が終わり校内が元の日常に戻りました。ところで本日は節分です。節分は、各&lt;a title="季節" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A3%E7%AF%80"&gt;季節&lt;/a&gt;の始まりの日（&lt;a title="立春" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E6%98%A5"&gt;立春&lt;/a&gt;・&lt;a title="立夏" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E5%A4%8F"&gt;立夏&lt;/a&gt;・&lt;a title="立秋" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E7%A7%8B"&gt;立秋&lt;/a&gt;・&lt;a title="立冬" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E5%86%AC"&gt;立冬&lt;/a&gt;）の前日のことです。節分とは「季節を分ける」ことを意味していて、これまでの冬が終わり、明日から春がやってくる。この春が穏やかな、実り豊かな春になりますように、こんな祈りが古き時代から捧げられてきたようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;特に&lt;a title="江戸時代" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E6%99%82%E4%BB%A3"&gt;江戸時代&lt;/a&gt;以降は立春（毎年&lt;a title="2月4日" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/2%E6%9C%884%E6%97%A5"&gt;2月4日&lt;/a&gt;ごろ）の前日にこの行事が行われるようになりました。節分の行事は元々は&lt;a title="宮中" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E4%B8%AD"&gt;宮中&lt;/a&gt;での&lt;a title="年中行事" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E4%B8%AD%E8%A1%8C%E4%BA%8B"&gt;年中行事&lt;/a&gt;でした。&lt;a title="延喜式" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%B6%E5%96%9C%E5%BC%8F"&gt;延喜式&lt;/a&gt;をひも解くと、宮中ではこの日、彩色した土で作成した牛と童子の人形を大内裏の各門に飾りました。もともと、この節分の&lt;a title="鬼" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC"&gt;鬼&lt;/a&gt;を払う&lt;a title="悪霊ばらい" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E9%9C%8A%E3%81%B0%E3%82%89%E3%81%84"&gt;悪霊ばらい&lt;/a&gt;行事は、&lt;a title="平安時代" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%AE%89%E6%99%82%E4%BB%A3"&gt;平安時代&lt;/a&gt;頃から行われている「&lt;a title="追儺" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%BD%E5%84%BA"&gt;追儺&lt;/a&gt;」（ついな）という行事から生まれたようで、炒った豆で鬼をはらう風習は中国から日本に伝わり、追儺の際に行われてきました。近代、このような宮中行事が庶民に採り入れられたころから、節分当日の夕暮れ、&lt;a title="ヒイラギ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AE"&gt;柊&lt;/a&gt;（ひいらぎ）の枝に&lt;a title="イワシ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%AF%E3%82%B7"&gt;鰯&lt;/a&gt;の頭を刺したもの（&lt;a title="柊鰯" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%8A%E9%B0%AF"&gt;柊鰯&lt;/a&gt;）を戸口に立てておいたり、寺社で豆撒きをしたりするようになったようです。一部の地域では、縄に柊やイワシの頭を付けた物を門に掛けたりするところもあるようですが、これは、季節の変わり目には&lt;a title="鬼" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC"&gt;邪気&lt;/a&gt;（鬼）が生じると考えられ、それを追い払うために人々はそのようなことを行って無病息災、天災除去を祈ったのでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;古くから伝わる日本の行事を見つめていますと、日本人の純朴な祈りの声が聞こえてくるような気がするのです。科学の発展していない平安の時代、人々は何を祈ったのでしょうか。日本の歴史の中で革命というものがあるとするならば、支配者と被支配者の地位が逆転した鎌倉時代はその時代かも知れません。この時代は民衆にとって本当に混乱した時ではなかったでしょうか。それに加えてこの時代は天災飢饉が度々襲い、京都鴨川のほとりに累々と人間の死体が転がっていた。このような時に節分の時を迎えて人々は深く激しくいのりを捧げたに違いありません。はやり病にとりつかれませんように。この春は穏やかでありますように。飢饉や天災が訪れませんように。家族が幸せでありますように。武者に襲われませんように。神隠しに遭いませんように。社会の混乱が落ち着くように・・・・・・様々な祈りが時代を超えて、何億という命の営みの中での祈りが生徒の皆さんにも聞こえてくるような気がしませんか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;科学の発展した現代にあってもこの人間の祈りはあまり変化していないのではないかと思います。世界のいずこにあっても、老いも若きも深い祈りを捧げています。そう言えば私も昨年、新型インフルエンザに本学園が汚染されたとき深く慰霊碑の前で祈りました。自分がインフルエンザにかからなかった事への感謝の祈り。罹患した生徒達が何事もなく回復するように。他の多くの生徒達が罹患しないように。教職員が元気であるように。広島の市民の皆さんに迷惑がかからないように。早く平穏な日々が戻ってくるように、ただただ毎日祈りました。私達日本人にはこのような文化があるということを深く理解したいものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今、本学園にはニュージーランドのオタゴ女子高等学校から三人の留学生が高校の方で学んでいます。彼女たちは日本の文化に深く興味を抱き、本学園に留学してきました。できれば彼女たちに皆さんの方から声をかけ、皆さんの教室にお招きして、私達日本の文化を彼女たちに語り、そして彼女達の文化について深く耳を傾け、お互いにそれぞれの文化を大切にする精神を養っていただきたいと思います。せっかく本学園の中に日本とは異なった文化を持ち仲間がいるのですから、このような機会を大切にして、積極的に声をかけてみる。そのようなことがきっかけとなって、皆さんの心の中に新しい興味や関心が芽生えてくるのではないでしょうか。さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（平成２２年２月３日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-4247454207054079351?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4247454207054079351'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4247454207054079351'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/03/blog-post_03.html' title='節分、季節の変わり目について考える'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-7401909327830846925</id><published>2010-03-03T17:09:00.002+09:00</published><updated>2010-03-03T17:14:02.345+09:00</updated><title type='text'>母は何のために存在するのか(外事化の時代)</title><content type='html'>女性にとって嫁ぐというのは大変な決意のいることであったろうなと、少し昔の台所を預かる時代を読みながら思うことである。嫁しては夜が明ける前に床を出て、消し炭を出して火をおこし、湯を沸かし、薪でご飯を炊く。一方で味噌汁を作り、漬け物倉から漬け物を取り出し、洗って食べやすいように刻み、お膳を整えるころ家族が起きてきて、食事の世話。思えば私が小さな子どもの頃、母が自分のおかずを用意したのを見たことはなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;家族が食べ終わるまで皆の食事の世話をして、子どもの残り物で自分の食事をさっさと済ませ、ゆっくりする暇もなく、竈の火を落とし、洗い物をする。そうこうしているうちに夫は仕事に、子どもは学校へ。皆を見送ってそれからが大変。洗濯、掃除、昼が近くなって、子ども部屋の整理、乾いた洗濯物の取り入れ、そして夕飯の支度が始まる。小さな喜びは、八百屋か、魚屋さんで買い物をするときに出会う近所の嫁さんとのすれ違いざまの他愛もない挨拶くらい。子どもが学校から帰ってくる。その声に勇気づけられながら夕飯の支度。夫が帰って来る。おかずを一品か二品増やして、夫が晩酌をするときはその世話をしながら、家族の団らん、学校であった子どもの話に耳を傾けながら、食事が終わる。母は再び台所に立ち、洗い物や明日の朝の準備。そしてお風呂加減を見ながら、皆にお風呂を使わせ、十時過ぎた頃ようやく、自分も湯船につかり、一日の疲れを流す。しかしその時ですら、子どもの汚れ物をすすぎ、少しでも洗濯物を少なくして、明日に備える。風呂から出て、子どもが床についた頃、着物の繕いをする。夫のシャツにアイロンがけ。夫の読みおいた新聞を斜めに目を通し、整理をして十二時前に自分も床につく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;少なくとも当時の主婦にとってこの程度は当たり前の世界。いつの頃からか、電気釜が、洗濯機が、冷蔵庫が、乾燥機が、自動食器洗い機が、そしてデパートに地下の食品売り場に総菜屋が、漬け物が、味噌が、かつて家庭で作られていた食材の大半がコンビニ、デパ地下で間に合う。ほんの少し前まで母を支配していた家事は大半が外事化され、女性はその束縛から解放された。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;解放されるとき、子どもに後ろ姿で教育をしていた躾や、道徳、労を惜しまない生き方の指導も気がつかないうちに捨て去られた。そして今、高校まで授業料が無償となる。子どもは国の宝といえども、本当に宝として育てるのは親であり、親に取って宝であるからこその国にとっての宝であろう。教育費ぐらい、親が払うことを当たり前としなくて親は一体子どもに何をするのかと思ってしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そう言えば、戦後のあの貧しい時代、どんなに貧しい家の子どもでも、母は給食費を持たせて子どもを学校に送った。どんなに自分がみすぼらしい姿をしていても、子どもには貧しさを皆の中で感じさせないように努力する母がいた。それ故に、子どもは成長しても母を思うのだと思う。子どもにとって今が本当にいいのか、と思ってしまう。では本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１月２０日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-7401909327830846925?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7401909327830846925'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7401909327830846925'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/03/blog-post.html' title='母は何のために存在するのか(外事化の時代)'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-2628389491994537412</id><published>2010-02-06T08:59:00.002+09:00</published><updated>2010-02-06T09:16:31.074+09:00</updated><title type='text'>成人式について考える</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。一昨日は成人の日。各地で成人を祝う行事の風景が、新聞、テレビなどのメデイアをとおして報道されました。その中で、今年もかと思わせる残念な報道がありました。形だけは羽織や袴を身につけた一部の稚拙な人間が、式典が始まっているにも拘わらず会場で酒を飲んだり、暴言を吐いたりして、我が物顔でその式進行を妨害する。二十歳になったら何をやってもいいんだという誤った考え方に基づいた誠にレベルの低い行動がメデイアによって全国の茶の間に流されてきました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この20年、日本の成人式では新成人の無頼な行動が目立ち、それが恒例の行事のようになってマスコミが報道する。誠に情けないと申しますか、何とも申し上げようのない馬鹿らしさといいましょうか、この日はテレビのスイッチをつけたくない一日です。マスコミも視聴率や事件性のもののみを報道するという商業主義をこの日は捨てて、お祝いの日なのですから、このような行動を取る人間を無視して報道せず、大多数の若者の優れた部分を高く評価するような報道に心がけていただきたいものだと思うのです。また警察もこのような無頼の徒を公的な式典を妨害する者として、公務執行妨害罪を適用するなど、毅然とした厳しい対応をしてもらいたいと思うのは私だけなのでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところでこの成人式というのは日本国民として法的に大人としての権利が与えられ、また国民としての義務が課せられる年になるということです。即ち、日本国憲法に保障されている自由権及びその他の様々な権利が一人格として保障されると同時に、納税の義務など、国家を構成する一員としての義務が課せられる年になったということです。では私達日本人は本当に二〇歳になると、そのように自覚し、行動がとれている青春なのでしょうか。二〇歳になったといえども、五〇％以上は大学もしくはその他の教育機関に所属し、親の庇護の元に生きており、完全に自律して自分で生活しているといえる人は五〇％に満たないのです。そして大半の子どもは親からの援助によって大学に行きますから、まだまだ子どもの域を超えていない人間が多いのです。すなわち、日本人の多くは20歳になったといっても殆どが子どものままであるといえるのです。では私達はいつ本当に大人になるのでしょうか。大人になるというのは、年齢ではなく本人の自覚によると私は考えています。大人として責任ある行動をするという自覚なくして、大人にはなれないのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;生徒の皆さんにいつも3年生として上級生の自覚をとか、先輩になるのだからと云う形で自覚を促すのは、換言すれば優れた大人になるために準備をしているのです。私達のように豊かな、しかも恵まれた環境に生活をしていますと、つい甘えが先行して、なるべき時になるべき自覚ができない人もいますが、くれぐれも甘えを断ち切り、深い自覚をしながら大人への準備をしていただきたいと思います。では本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　Ｈ２２年１月１３日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-2628389491994537412?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2628389491994537412'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2628389491994537412'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/02/blog-post_06.html' title='成人式について考える'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-6884454628692670486</id><published>2010-02-06T08:57:00.000+09:00</published><updated>2010-02-06T08:59:28.805+09:00</updated><title type='text'>松の内の終わり・七草粥を食す</title><content type='html'>生徒の皆さん、新年明けましておめでとうございます。生徒の皆さんにとってこの1年がよい年になりますように、祈りたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、本日は七草ですね。粥にセリ・ナズナ・ハコベ・ハハコグサ・仏の座・スズナ・スズシロなどの草類を粥に混ぜてよく炊いて、それを食するという習慣が現在に残っています。この習慣は源氏物語の中にも出て参りますから千年以上も前からある日本固有の食文化のように思われますが、元々は中国古代の王朝の食文化なのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;現代では中国の北部(旧満州)まで米や麦が栽培されていますから、米を食する文化圏の食文化と思われがちですがそうではないのです。中国という国は、かつての自然農法の時代においては明確に食するものが北部と南部では違っていました。中国古代の王朝は黄河の流域で攻防しますから基本的には皆、北部の文化であり、古代から伝わる中国の文化はこの黄河流域で攻防した王朝から、朝鮮半島を経て日本に伝わったものなのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中国には、北方を流れる黄河と南方を流れる揚子江という二本の大河の流域に文明が起こっています。後で、皆さんの地図帳をめくっていただきたいのですが、この二つの大河の間に准河という河があるのですが、その河口と中国西部に位置するチンリン山脈を線で結ぶと、その線より北方では米はあまりとれず、必然的に麦・あわ・こうりゃんなどの粉、即ちパンを主食とする食文化となり、その線よりも南方に位置しますと水稲・お茶の食文化になるのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;古代中国の七草という食文化とは、一月一日には鶏を・二日は狗・三日は羊・四日は猪・五日は牛・六日は馬の肉を食し、七日目には贅沢で弱った胃に優しい粥に薬精のある草を混ぜて、正常な日常の食生活に帰り、生き物の命を奪った事による邪気を払って、これからの一年の平穏を願う行事でした。この文化が、中国、朝鮮からの帰化人や遣隋使・遣唐使などによって日本にもたらされ、日本の稲作・魚の文化と融合する中で、鎌倉時代以後、支配者階級の食文化の中に定着し、江戸時代に大衆の食文化となったようです。日本では正月料理であるお節と、お餅、魚などを食し、本日七日にの七草がゆを食して日常の生活に戻ります。そしてその七草の日に私達の学校は授業が始まりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私達の日常とは如何にあるべきなのでしょうか。大人は仕事に励み為す。では私達は、それはしっかり学習に励む、しっかり身体を鍛える、そしてしっかり友と遊ぶと云うことでしょうか。生徒の皆さんにとって、この一年が充実した年になりますように願ってやみません。先生方におかれましては、また多忙な日々が始まりますが、子供達の声にしっかり耳を傾け、生徒と共に、生徒の成長のために尽力していただきますよう、お願いいたします。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　Ｈ２２１月７日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-6884454628692670486?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6884454628692670486'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6884454628692670486'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/02/blog-post.html' title='松の内の終わり・七草粥を食す'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-3704241527345902848</id><published>2010-01-04T12:19:00.001+09:00</published><updated>2010-01-04T12:22:14.146+09:00</updated><title type='text'>冬休みを前にこの1年を振り返る</title><content type='html'>　生徒の皆さんおはようございます。早いもので、今年も後わずかとなりました。皆さんにとってこの平成21年という年はどのような年であったのでしょうか。生徒の皆さんがこの一年間を見つめ直し、これから先の人生の中でこの一年がどのような形で心の中に残るのかを考えてみましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、本日で今年の授業は終わりです。日本の教育界にとって、また安田女子中学高等学校にとって、また生徒の皆さんにとって、平成21年という年は本当に大変でしたね。多分、皆さんが長じて、20年後、あるいは40年、更に60年後に青春の時代を思い出したとき、きっとこの年が思い出されることと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;新型インフルエンザが流行し、学校閉鎖、学級閉鎖が行われ、そして自分もインフルエンザに感染した、もしくは自分もなるのではないかと怯えながら生活しました。この半年の間に、多くの生徒の皆さんが感染し、その拡大がようやく落ち着き、年の瀬を迎えたのです。そしてこの1年を振り返るとき、この災いは私達に何を残してくれたのだろうかと考えるのです。生徒の皆さんも是非、新型インフルエンザが残したものについて考えてみていただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はこの学園に着任して3年目になりましたが、1年目、2年目と何かしら手応えがなく、自分が何のために本校にきて仕事をしているのかを何度も問うことがありました。60歳を過ぎて責任ある仕事をさせていただくというのは大変有り難いことで、それ故に、残り少ない人生に確実な光りを求めたくて、焦る心を押さえるのに大変苦労をいたしましたが、あのインフルエンザが本校を襲って以来、教職員から、生徒の皆さんから、手応えのような、充実した何かを感じるようになりました。先生方が大きく変わっていく、生徒の皆さんも変わっていく、それもよい方にかわていく、そんな手応えを感じるようになったのです。災いを転じて福となすという言葉がありますが、人生には災いというものは、本当はないのではなかろうかと思うようになりました。確かに、本校が初めて学校閉鎖をすることを決断するときなど、これは大変なことになるなと思いはしました。ひどい状況に追い込まれたものだとも少しは考えましたが、そんな悩みを抱く暇もなく、ただひたすら行動することに心がけました。その最中にふと思ったのです。人生にはいろんな出来事がその生きてゆく過程で自然にあてがわれるが、それを苦にすることなく当たり前のこととして受け入れ、精一杯努力して生きていれば、いつの間にか過ぎ去っていく。後にはよい思い出が残り、深い友情が生まれると云うことになるのではなかろうかと。苦しさを苦しいと感じて逃げるのではなく、当たり前のこととして受け入れ、精一杯努力をしてみる。そうすればその内、目の前に道が開け、明日への希望が声をかけてくる。それは友情というおみやげをもって。そんなことを教えてくれた平成21年ではなかったでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、皆さんの協力のお陰で、今年も穏やかに暮れて行きそうです。改めて、皆さんに感謝を申し上げ今年を締めくくりたいと思います。本年も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（平成２１年　１２月２２日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-3704241527345902848?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3704241527345902848'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3704241527345902848'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/01/1.html' title='冬休みを前にこの1年を振り返る'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-8539833127372908807</id><published>2010-01-04T12:15:00.001+09:00</published><updated>2010-01-04T12:18:48.027+09:00</updated><title type='text'>中学時代　心の襞が解るような大人になりたい</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。中学時代というのはやっかいな時代ですね。子どもから青年期へ。動物のような自分から人間としての新しい自分が、即ち自我が芽生えてくる。自分の気持ちを伝えられない。自分の悩みが見えにくい。やっかいな自分。そして、ただ苛立って、自分をもてあます。そんな心の苛立ちの中にいる貴女たちに一人のいじめっ子を紹介した詩がありますので、紹介しましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;むかしいじめっ子がいた　意地悪したり　からかったり　&lt;br /&gt;髪を引っ張るやら　つねるやら　いいイッ！　と白い歯を剥いた&lt;br /&gt;その子の前では立ち往生　さすがの私も閉口頓首　やな子ねえと　思っていたのだが&lt;br /&gt;卒業のとき小さな紙片を渡された&lt;br /&gt;ワタシハアナタガ好キダッタ　オ友達ニナリタカッタノ&lt;br /&gt;たどたどしい字で書かれていて　そこであたしは腰を抜かし　&lt;br /&gt;いえ　ぬかさんばかりになっていて&lt;br /&gt;好きなら好きとまっすぐに　ぶっつけてくれればいいじゃない&lt;br /&gt;遅かった菊ちゃん！　もう手も足も出ない　小学校出てすぐあなたは置屋の下地っ子&lt;br /&gt;以来　いい気味　いたぶり　いやがらせ　様々な目に遭うたび　心せよ&lt;br /&gt;この人ほんとうは私のこと好きなんじゃないか　と思うようになったのだ&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（茨木のりこ　作）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、息子が小学校の4年生の2学期、顔に擦り傷、あおじを創って帰ってきた。もしかしたらいじめに遭っているのではないかと心配になり、息子に色々話したがいじめは受けていないと言い切った。次の日、風呂から上がってきた息子が私に云う。「父さん、腹筋を強くしたいから、お腹の所を殴ってくれ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その日から毎日、風呂からあがると30発、息子の腹を殴ることが日課となった。「大部堅くなったな。」「父さんより筋肉がついたな」「父さんの腹はぶよぶよじゃ」「昔は父さん、キン肉マンだった」「腹の筋肉のわりには足が細いが」「中学校に上がったら陸上部にはいるよ」二人はぎこちない関係だが、徐々によい親子になっていった。数年経って、もう一度聞いてみた。「あの時、いじめられていたのか。」息子は誇らしげに云った。「まあね、でも今は、僕の方が強いんだ。」その子供達とは小学校の後半から中学2年にかけて色々あったようだが、何も息子は言わなかった。ただ、そのお陰かどうか、息子はとても強くなった。身体だけではなく、精神的にも強くなったような気がした。中学を卒業して皆バラバラになったが、息子の学生時代、帰郷した息子に彼等からよく電話がかかってきた。彼等は早くから仕事に就いており、息子に奢ってくれるという。今では、とてもよい仲間のようだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　（平成２１年　１１月１８日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-8539833127372908807?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8539833127372908807'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8539833127372908807'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2010/01/blog-post.html' title='中学時代　心の襞が解るような大人になりたい'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-1082195424782375277</id><published>2009-11-06T18:50:00.000+09:00</published><updated>2009-11-06T18:52:09.892+09:00</updated><title type='text'>生きるというのは死に行くということ　前学校長を偲ぶ</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。生徒の皆さんはご存じない方なのですが、ほんの6年前まで、20年間という大変長い歳月本校で校長をされた岡本正光先生が亡くなられたと云う連絡がありました。本学園で大変お世話になった方が亡くなられたわけで、お悔やみを申し上げたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私達の年齢になりますと、自分のよき友であった人が亡くなることが多く、死というものを身近に感じます。人間は不思議なもので、若いうちは、死ということなど考えもせず、明日も明後日も確実にやってきて、1年後も10年後も元気で生きていると思っています。しかしよく考えてみますと、私達が生きるということは確実に死に向かって歩みを進めているわけで、今日を生きるということは確実に死に近づいている、即ち生きるというのは死に行くということにほかなりません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私達は、毎日を生きるということについて、深い思いを寄せて生きることがあまりないようで、後から思い出して心に残るような歳月というのはあまり多くはありません。前回の後期始業式の日に、教育の世界においてこの一年は、10年後あるいは20年後に思い出しても心に残る年となる、そんな大変な年だということを申し上げましたが、私達がこれから生きてゆくという意味で、10年後も20年後にも思い出したときに、あの時はよく頑張ったな、いい年であったなと鮮明に思い起こすことのできるような生き方をしたいものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、3年生の皆さん。皆さんは明日から研修旅行です。3泊4日で奈良、京都にみんなで旅をします。本年は新型インフルエンザの流行でこの旅行も中止しなければならないかも知れないという不安を抱えて今日までやって参りましたが、何とか全員で旅立つことができそうです。みんなでともに声を掛け合って先生方と一緒に美しい思い出をつくって帰ってきていただきたいと思います。長い歳月を生きて、明日に夢を失いそうになるとき、心の支えとなるのは美しい思い出であり、よき友との語らいであると古代ギリシアの思想家エピクロスが語っています。楽しく、そして、美しい思い出を沢山作ってきてください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで11月に入って急に木枯らしが吹き、冬の気配になって参りました。季節の変わり目というのは、身体もなかなかその変化について行くことができず、身体をこわしやすい時期です。皆さんはあまり無理をしないで、元気で学校生活を送っていただきたいと思います。何よりも元気であること、このことが私達にとって最も大切なことであり、これなくして他のいかなる喜びもありません。さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　１１月４日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-1082195424782375277?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1082195424782375277'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1082195424782375277'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/11/blog-post_06.html' title='生きるというのは死に行くということ　前学校長を偲ぶ'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-3793211905255313829</id><published>2009-11-06T18:48:00.001+09:00</published><updated>2009-11-06T18:50:02.108+09:00</updated><title type='text'>平成21年度後期始業式　合唱部2年連続全国大会金賞受賞</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。平成21年度後期が始まりました。皆さんも新聞報道で知っているかも知れませんが、本校中学合唱部が2年連続全国大会金賞を受賞し、今金沢から凱旋貴校の最中です。皆さんとともにこの快挙を喜びたいと思います。2年連続全国大会金賞受賞というのは大変な快挙であり、並大抵の努力ではなしうるものではありません。私達はこのような優れた仲間とともに学習していることを喜び、誇りに思いたいものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、この平成21年度という年は、教育環境において歴史に名を残す年であると思うのです。本年度5月くらいからメキシコで新しく見つかった新型インフルエンザが日本に上陸し、以後、少しずつ全国に拡大し、現在では週に100万人の単位で罹患する状況になりました。本校でも250人以上の生徒の皆さんが罹患して、7月初めの学園閉鎖、そして10月初め、中学校の学級閉鎖などを実施いたしましたが、現在はどの都道府県においてもそのようなことが当たり前になっています。新しい学校教育の始まった昭和20年以後、このような状況に学校が追い込まれたことはありません。皆初めての体験で、教師も保護者も生徒の皆さんも皆大変苦労をしながら、頑張っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本学園も後期が始まるわけですが、このインフルエンザは終息する気配はないようで、第2波の感染はほぼ落ち着いていますが、これから冷え込んでくると例年のインフルエンザの流行期と一緒になって、第3派の波が押し寄せてくるに違いありません。これまでの罹患している生徒の皆さんの傾向を調べておりまして、不思議なことに気付かされることがあります。それは、未だに一人の生徒も罹患者の出ていないクラスが3クラスあること、そして6年生の罹患者が他学年に比べて異常に少ないこと等です。そこで、罹患した生徒の皆さんにアンケートを実施し、どのような症状か、どう対応したか、発症始めはどのような感じかなどについて調査を実施し、今その結果をまとめておりますので、近いうちに本学園に学ぶ総ての皆さんにそのまとめを照会したいと思っています。そして何よりも皆さんが元気で、楽しく後期も学習に、クラブ活動に、学校行事に積極的に励むようにしたいものですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次に、先生方におかれましては、休み中の間に、主任の先生方には研修合宿が実施されたり、そして今回の試験では中学生の多くが試験中に罹患し、彼女たちのために再試験を本日から1週間放課後行われます。きっとゆっくりする暇もなかったと思いますが、この年が歴史に残る年と考え、後から考えてあの年は大変であったが、充実した1年でもあったと、皆とともに語り合えるように、改めて頑張っていただきたいと思います。さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　１０月２６日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-3793211905255313829?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3793211905255313829'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3793211905255313829'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/11/212.html' title='平成21年度後期始業式　合唱部2年連続全国大会金賞受賞'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-191678352020641601</id><published>2009-11-06T18:43:00.002+09:00</published><updated>2009-11-06T18:47:13.915+09:00</updated><title type='text'>平成21年度前期終了</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。本日で前期が終了しました。穏やかに始まった本年度でしたが、6月後半に、高校の方で新型インフルエンザの罹患者が出て以来、9月にはいると広島市内の小中高等学校で本格的に流行し始め、今も、学級閉鎖や学年閉鎖をしている学校が後を絶ちません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本中学校も9月の終わりごろから学年閉鎖、学級閉鎖を断続的に実施しましたが、そのような中で、本年度は32年ぶりに高校の体育祭を復活、そして文化祭と皆さんの行事を実施し、最後のこの第3試験。ぎりぎりのところで、罹患者が急減して、兄弟姉妹が罹患している生徒の皆さんには別室受験、更に、罹患者で登校禁止の生徒には再試験を後期の初めに実施することで、何とか無事に第3試験も計画通りに進めることができ、本日の終業式を迎えたわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今回は中学校の全クラスで罹患者が出て、学園閉鎖か、学年閉鎖か、学級閉鎖か、いつからいつまでにするか、またまた苦しい決断を毎日しなければならない大変な日々でした。しかし、多くの学校が修学旅行の延期、文化祭、体育祭などの中止に追い込まれる中、私達は何とか計画通りに行事を進めることができたことを皆さんとともに喜びたいと思います。今回のような感染力の強いインフルエンザの流行の中で学校行事を計画通りに進めるためには、何よりも学校の指示に対して保護者、生徒の皆さんが真面目に受け止めて、その指示の通りに対応してくれることが前提になります。皆さんの中には休みたくなくて担任の先生を随分手こずらせた人もいるようですが、何とか先生方の指示に従って適切に行動してくれたことに改めて感謝を申し上げます。どうも有り難う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、前期の終了が意味するものを改めて皆さんで考えていただきたいと思います。私達は、誰も自分自身で1年間の計画を立て、その計画に基づいて努力を重ねてゆくのですが、どんなに優れた人でも、当初立てた計画通りに進めることはなかなかできないようです。ですから途中でその計画を再吟味して改めてどう取り組むべきかを考えるわけですが、その中間点が今日ということになりそうです。自分の計画通りにここまで来れたかどうか、しっかり検証してください。そしてほぼ計画通りにできている人は新たなより高い自己課題を自分に課してみましょう。また計画通りになっていない人は当初の計画が何故実行できていないかを問い直し、今後どうするかを確認し、修正して新たな気持ちで取り組めるように、この休みをうまく活用していただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして何よりも大切なことは、これまでの頑張ってきたように、こつこつ、仲間とともに学校で先生方と一緒になって努力してください。苦しいときはみんなで乗り切ることです。そうして頑張っていると、気付かぬうちに苦しみを乗り越え、喜びの光が皆さんに降り注ぐと思います。さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（前期終業式　１０月２２日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-191678352020641601?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/191678352020641601'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/191678352020641601'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/11/21.html' title='平成21年度前期終了'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-7861324785256748922</id><published>2009-11-06T18:43:00.000+09:00</published><updated>2009-11-06T18:45:01.064+09:00</updated><title type='text'>お彼岸を過ぎて</title><content type='html'>暑さ寒さも彼岸まで、昔からこの言い伝えの通り、彼岸の中日を過ぎる頃から、朝夕大変に涼しくなり、皆さんの服装の中も中間服装が見られるようになります。彼岸といえば、今の暦では秋分の日、春分の日、即ち九月二十三日と三月二十日です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;昔から「蒔けよ蒔け、仏の種も彼岸から」といって、これらの日の前後にはお寺にお参りをしたり、先祖のお墓に参ったりしました。また、家でおはぎを作って仏壇にお供えをし、平素お世話になる近所の方々におすそ分けをしたりして仏の言葉を聞いて心を豊かにしてきたのですが、この仏教の行事は日本固有のもので、他の仏教を信仰する国では見る事はできません。戦後、日本は宗教が廃れ、各家庭から信仰の姿が消えうせているにもかかわらず、この時期には不思議なことに多くのお店でおはぎが販売され、家庭で何故この時期にという理由も問うことなく食されてきました。地域社会の崩壊と共に地域の文化や家庭の宗教が消えて行く中で何故、この文化が生き残っているのだろうと不思議に思うのですが、それにはそれなりの理由があるようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本に仏教が伝播したのは538年といわれていますが、七世紀にはもうこの彼岸の行事が貴族の世界ではあったようです。仏教が大衆のものとなるのは鎌倉時代以後で、江戸時代になるとこの彼岸の行事が私達の先祖の大切な行事になりました。この日は日本の基層文化である神々の世界の行事、秋季皇霊祭・春季皇霊祭が神代の時代から日本の皇室において行われておりました。この日は皇室の先祖の霊をお迎えして、その霊を慰め、自然の恵みを祈り、この国の安寧を祈ってきたのです。各神社はこの祭礼を行い、そこに外来文化である仏の教えが被さって、約千数百年にわたってこの日を大切にしてきたのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで皆さんはこの彼岸の中日をどのように過ごしましたか。彼岸の意味を知ることもなく、おはぎを食べる人、おはぎを食べる由来も仏教との関係も何も知らされず、この日を連休の最後として楽しく過ごす人、受験勉強に明け暮れる人、クラブ活動で汗を流す人、そしてもしかしたら、先祖のお墓に家族でお参りし、お線香をたきお花を供え、先祖と対話をする人がいたのかもしれません。ともあれ、日本という国から今、この国の人々が千年以上にわたって育んできた自然と融合する中で育まれてきた文化が、静かに消え去ろうとしています。この事実を時代の流れであるからとして、一蹴するのは、何かしら先祖に申し訳ないような気がしてなりません。このことをグローバル化といえば一瞬耳に聞こえは良いのですが、換言すれば、自国の文化に誇りを持つ事ができない、根無し草の日本人になっているということに他なりません。その意味で私達は改めて先祖が大切にしてきた日本固有の文化を問い直し大切にしていかなければならないと思うのです。さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼　９月３０日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-7861324785256748922?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7861324785256748922'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7861324785256748922'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/11/blog-post.html' title='お彼岸を過ぎて'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-5388777498258961205</id><published>2009-09-30T14:39:00.000+09:00</published><updated>2009-09-30T14:41:08.555+09:00</updated><title type='text'>９年連続200本安打達成おめでとう</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。さて、またまたイチロー選手が新しい記録を樹立しました。天才イチロー選手と呼ばれることを是としないイチローは、今回の快挙について問われたとき、「解放されました。戦いにピリオドを打つことができた。」と語り、はにかんだ笑顔を見せてくれました。彼は次から次へと新しい記録を作り、自己の夢を現実のものに変えています。夢を諦めないと云うことについてイチローから学ぶことがとても多いですね。本日はこの夢を諦めないということについて、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。これから読み上げる文章はイチロー選手が小学校６年生の時に書いた「僕の夢」という作文です。読んでみますので聞いてください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;『僕の夢は、一流のプロ野球選手になることです。そのためには中学、高校と全国大会に出て活躍しなければなりません。活躍できるためには練習が必要です。僕は３歳の時から練習をはじめています。３歳から７歳までは１年のうち半年くらいやっていましたが３年生の時から、今では365日中360日は激しい練習をやっています。だから１週間の中で友達と遊べる時間は５から６時間です。そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球選手になれると思います。そして中学、高校と活躍して高校を卒業してからプロに入団するつもりです。そして球団は中日ドラゴンズか西部ライオンズです。ドラフト入団で契約金は１億円以上が目標です。僕が自信があるのは投手か打撃です。昨年の夏、僕達は全国大会に行きました。そしてほとんどの投手を見てきましたが、自分が大会ナンバー１選手と確信できました。打撃では県大会４試合のうちホームラン３本を打ちました。そして全体を通した打率は５割８部３厘でした。このように自分で納得のいく成績でした。そして僕達は１年間負け知らずで、野球ができました。だからこの調子でこれからも頑張ります。そして僕が一流選手になったら、お世話になった人に招待券を配って応援してもらうのも「夢」の１つです。とにかく１番大きな夢は、プロ野球選手になることです。』　　　　愛知県西春日井郡とよなり小学校６年２組　鈴木一郎&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;物心ついた頃にいだいた夢を不断の努力によって実現している彼の隠された部分がこの作文から見えてきます。彼は決して天才ではなく、今、君の隣でこの話をきいている友人やあなたと同じ人間です。私たちと同じ悩みを抱えている人間なのです。彼のこの作文から、如何なる人間の夢も不断の努力によってのみなしうるのであり、努力なくして夢は実現しないのだと教えてくれていると思うのです。生徒の皆さんの中には、この学校への入学を目標にして、1年、2年過ぎて、いつの間にか夢を見失い、諦めそうになっている人はいませんか。忘れないで下さい。諦めることはいつでも出来るのですが、その時、同時に夢を捨てることになるのだと言うことを。では、本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただいて感謝します。どうも有難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（９月１６日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-5388777498258961205?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5388777498258961205'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5388777498258961205'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/09/200.html' title='９年連続200本安打達成おめでとう'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-4417702479098546880</id><published>2009-09-30T14:36:00.000+09:00</published><updated>2009-09-30T14:38:48.190+09:00</updated><title type='text'>新型インフルエンザウイルスから学んだこと</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。本日は沢山の表彰状を皆さんからあずかりましたね。この夏休みにみんなで頑張って、成果がこのような形で実ったことを大変に嬉しく思います。皆さんは7月の初めに学校が休校となり、最も練習に力が入るときに学校に来ることができませんでした。7月1日から1週間の休校、そしてすぐに試験前ということで放課後の練習は禁止、そして第2試験。身体に変調を来すくらい、運動も、歌の練習もできなかった皆さんが、夏休みに入る前から一生懸命体調を元に戻す努力をし、そして夏休みはほとんどの生徒諸君が学校に来て勉強やクラブ活動に励みました。その成果が今日の表彰状になったのですね。皆さん、よく頑張りました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、9月に入って、例年にない朝夕が急に寒くなりましたね。暑い夏の日差しは午後の13時くらいから15時くらいまでで、朝夕は本当に過ごしやすい毎日です。こんなに急に気温が下がってきますと、元気な皆さんといえども身体がついて行かなくて、体調を崩す人が出てきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幸い、現在は本学園に新型インフルエンザウイルスに感染した人はおりませんが、今後感染する可能性は十分にあると考えておかねばなりません。と云うことは、私達がこの7月の初めに体験したことが生きてくる季節になったということです。そこで改めて今回の新型インフルエンザのウイルスの特徴について確認してみましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このウイルスは弱毒性ではありますが、その感染力は大変強く、早期に対策を取ることが大切です。初めに7度5分程度の発熱が1日もしくは2日間あるようですが、その後、すぐに40度近い高熱を発します。できればこの高熱を発する前に病院にかかってタミフルなどの特効薬を服用すれば、2・3日で直り、その後は何の後遺症もないということです。家で布団をかぶって寝ておけば治るという普通の風邪とは違いますので、必ず病院で診察をしてもらってください。我慢することは禁物です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;予防対策としては、まずは手洗い、そしてうがいをすること、人混みを避けることです。マスクはあまり予防にはなりません。インフルエンザにかかった人が、やむを得ず外出しなくてはならないときに、外の皆さんにうつさないためにマスクをするということです。そして何よりも、冷静にこれまで通りなすべきことを規則正しく実践することです。世の中が新型インフルエンザ対策で動揺していますが、そんな時だからこそ、冷静になって、今日なすべきことを明日に回さないで、しっかりと実践しましょう。&lt;br /&gt;先生方におかれましては、生徒諸君をしっかり観察して、対応が遅れないように宜しくお願いいたします。さて、本日のお話はこれで終わります。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（９月９日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-4417702479098546880?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4417702479098546880'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4417702479098546880'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/09/blog-post_5257.html' title='新型インフルエンザウイルスから学んだこと'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-2250293644215649877</id><published>2009-09-30T14:34:00.001+09:00</published><updated>2009-09-30T14:36:36.676+09:00</updated><title type='text'>試練を越えて</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。9月1日、今朝このようにして元気な皆さんと再会できたことを、ここに集った総ての皆さんとともに喜びたいと思います。さて、本学園では７月１4日に新型インフルエンザ流行の終息宣言を出しましたが、その日以来、中学高等学校において誰も新たに感染しておりません。この夏休み中、それぞれのクラブは全国大会に参加したりクラブの合宿があったり、また多くの生徒の皆さんは補習があったり、安田ゼミがあったりで、毎日のように学校に来ており、夏休みといえども昼休みには多くの生徒諸君が職員室に質問に訪れ、元気な姿を見せてくれていました。先生方も補習やクラブの引率ということで、大半が学校に来ていて、日頃生徒の皆さんと相談できないことなど、しっかりと時間を取って話し合いをして有意義な時間がとれたようです。ところで、全国に目を向けますと、多くの学校で新型インフルエンザの流行が見られ、2学期から全国の各学校で流行することは避けられない状況になっています。このような状況の中で私達は6月の終わりから7月の初めにかけてその襲来を受けましたが、改めて9月のウイルスの襲来を覚悟しておかねばならないと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;以前、私は人間は不思議な能力を持っている、それは良いことにも悪いことにも慣れるという能力である、と云ったようなことをお話ししたと思います。私達は先々月ウイルスに襲われて、大変な難儀をいたしました。一度体験すると、二度目というのはそんなに緊張感が持てなくなるものです。特に、今回のウイルスは弱毒性ということで、国の対応も少し緊張感が弱くなってきているように思うのです。それ故に、皆さんにもう一度考えていただきたいことがあるのです。今回のウイルスは弱毒性であるけれども感染力は他のウイルスにはない強さを持っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;初期症状は短く一気に高熱を発するが、高熱を発する前にタミフルなどの特効薬を服用すると、あっという間に解熱し解放の症状に向かう。持病を持っている人が感染すると死に至る可能性もある。予防としてはマスクよりもしっかり手洗い、消毒を励行する。人混みの多いところには極力出歩かない。これらのことをよく理解して実行することでしか、このウイルスから逃れることはできないということです。みんなで気をつけて、少しでも症状が出れば決して無理をしないで、最寄りの病院に行って検査をするようにしていただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この1週間は、総ての皆さんに朝の朝礼、そして終礼で健康調査を実施し、全員の健康を確認しながら授業を進めたいと思います。みんなで、この窮地を乗り切って行きたいと思います。皆さん、頑張りましょう。先生方におかれましては緊張感の連続する毎日が始まりますが宜しくお願いいたします。&lt;br /&gt;さて、本日のお話はこれで終わります。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（９月１日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-2250293644215649877?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2250293644215649877'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2250293644215649877'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/09/blog-post_30.html' title='試練を越えて'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-7861422031776807312</id><published>2009-09-11T16:42:00.000+09:00</published><updated>2009-09-11T16:45:31.071+09:00</updated><title type='text'>明日から夏休みが始まる</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。本日は、大雨、洪水警報が出ており、この雨の中を2年生の林間合宿を決行するか、中止するかの決断を迫られましたが、明日は晴れ間が確実に覗くという天気予報を信じて、午前10時本校を出発、全員が目的地に元気で到着したとの報告をいただきました。それにしても、6月末以来、厳しい決断を迫られることが多く、大変悩ましい日々を過ごしてきましたが、ようやく明日から夏休み、みんなが元気でこの夏休みを迎えることができることを何よりも喜びたいと思います。さて、人生は一体どのようなものなのかをお話しするには私はまだまだ経験不足ですが、ここにおられる先生方の中で私が一番年を取っておりますから、その経験の長さから考えて、感じていることをお伝えしてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人生の中で光り輝くような、素晴らしいと云いきれるような日というのはほとんどいってないようです。むしろ、苦しい日、悲しいと思う日、辛いと思う日、逃げ出したいと思うような日が多く、後は歳月の流れの中で記憶にすら残らない日常の積み重ねです。人はどのようなときに大きく成長するのかということを考えるとき、私の経験では、苦しいとき、悲しいときに、その苦しさから、その悲しさから逃げるのではなく、毅然として立ち向かい、自分の決断によって行動するときこそ、自分を成長させてきたように思うのです。考えてみると、誰にも苦しさ、悲しさというのはあるわけで、肝心なことは、その状況に対して責任逃れの態度を取るか、反対に逃げ出すことなく、自ら決断をして責任ある行動をするかによって、人生は自然に切り開かれてゆくような気がしてならないのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;作家林芙美子の放浪記の中に「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」という有名な言葉があります。このことはまさに事実ですが、その苦しさを乗り越えたときに、一瞬輝くような喜びがある、その一瞬を私達は求め、その一瞬の体験によって私達は大きく成長し、更に人間としての喜びを味わうことになるのではなかろうかと思うのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今回私達はインフルエンザによる休校という苦渋の決断をしましたが、結果としてみんなが元気になって登校してくれた。この嬉しさはとても言葉には現す事はできないものでした。ほんの一瞬のことでしたが、と申しますのも、学校が始まればまたすぐに皆さんのいろんな悩みを対応しなければならず、今も色々と先生方を皆さんは悩ましているでしょう。でもあの短い光り輝くような一瞬を求めて、私達教師はまた立ち上がろうとしています。生徒の皆さんは明日から夏休み、この夏休みをどのような輝かしいものにするかは総て、皆さんの心の中にあるのだということを忘れないで、良い夏休みを送っていただきたいと思います。そして元気に9月また皆さんにお会いしたいと思います。さて、本日のお話はこれで終わります。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（７月２１日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-7861422031776807312?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7861422031776807312'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7861422031776807312'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/09/blog-post_4261.html' title='明日から夏休みが始まる'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-5925588490058115406</id><published>2009-09-11T16:40:00.001+09:00</published><updated>2009-09-11T16:42:14.531+09:00</updated><title type='text'>新型インフルエンザ終息宣言</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。第2試験が終了ましたね。今回は、1週間の学校閉鎖を実施し、皆さんは自宅に待機でしたから、その間学習する時間は沢山あり、みんな自信満々の結果というところでしょうか。ともあれ、一昨日段階でようやく総ての生徒の皆さんが完治し、保健所から出校の許可も出て、皆健康体に帰りました。濃厚接触者となった家族の方々や、友人などにも発熱やその他の症状も見られず、本学園に関わる総ての人から新型インフルエンザのウイルスが退散してくれたようです。そこで本日この場で完全な終息宣言を行います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;安田の学園は皆さんの協力のお陰で、インフルエンザウイルスに退散していただきました。できればもうおいでにならないようにお願いします。私は今回のインフルエンザは、その症状は取り立てて特別に厳しいものと感じませんでしたが、その感染力は大変なものであると思いました。それ故に、50名以上の海外からのお客様が来て、その中の一人の子どもから感染といっても、残りの多くの人々が感染していると見るのが当たり前で、その人々と親しく交流し、ともに過ごせばどれほど多くの生徒の皆さん、そして教職員が感染しているか、それは考えるだけで鳥肌の立つような恐怖を感じました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その頃の国の方針は感染者が出た場合でもクラスの閉鎖程度でよいという方向でしたし、更に全体の学園閉鎖に踏み切った次の日には、国の方針がもっと柔軟な方向に変更になる等、本学園が取り組んでいる学校全体閉鎖の方針をあざ笑うかのごときでした。その中での毎日毎時の決断は、激しい緊張感の連続でした。その決断に対してどのような反応を生徒諸君や保護者の皆さんがされるのか、とても心配でした。どうすれば冷静になれるか、どうすれば生徒の皆さんを守れるか、どうすれば教職員を守れるか、そしてどうすれば広島市民、県民に迷惑をかけないですむか。私にとって、こんな悩みの連続がこの二週間でしたが、その中で生徒の皆さんも保護者の皆さんも誰一人として不服をいわれることなく今日に至ったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今回の対応に常に献身的にご協力いただいた方に、広島市中保健センター長で厚生部医務監の三森倫先生という方がおられるのですが、この先生が一昨日お電話の中で、この度の安田学園の対応のレベルの高さに感心されると同時に、「今回保健所といたしましては沢山の厳しいことをお願いしたにも拘わらず、そのことに対してご批判をいただくことなく本当に素晴らしい対応をしていただき、最小限の広がりで終息を迎えることができました。未だに信じられないくらいで、これもひとえに先生方や、生徒、保護者の皆様のおかげで、本当に有り難く思っております。皆さんにくれぐれも宜しく伝えてください。」と伝言をいただきました。皆さんのおかげで今日があることを改めて感謝します。「どうも有り難う」さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに聞いていただき感謝します。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（７月１５日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-5925588490058115406?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5925588490058115406'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5925588490058115406'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/09/blog-post_3507.html' title='新型インフルエンザ終息宣言'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-4531576563571305177</id><published>2009-09-11T16:37:00.001+09:00</published><updated>2009-09-11T16:40:14.003+09:00</updated><title type='text'>新型インフルエンザ来襲を乗り越えて</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。広島市とホノルル市姉妹都市50周年記念行事として行われた国際ソフトボール親善試合の日に感染した新型インフルエンザは、あっという間に皆さんを襲い、それにともなって中学校の生徒はほとんど関係なかったのですが、高校の教室を使用することもあり、一日から本日まで学校を休校せざるをえませんでした。この間、生徒の皆さんは全員が冷静に本学園の置かれた状況を理解し、学校の出す指示に従って的確に対応していただきました。発症が確認されてから、すぐに皆さんの健康状態を確認し、生徒の皆さん全員を家庭に待機していただくことができました。その間わずかの時間で1300人の生徒の皆さん、そして保護者、家族の皆さんに今回の取り組みを正しく理解していただいて、的確に対応していただけたことは、まさに奇跡的なことだと、私達教職員は感嘆している次第です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この間、生徒の皆さんや、保護者・ご家族の皆さんからは、理解と励ましの言葉はあっても、今回の対応について批判的な発言は一切ありませんでした。元気な貴女たちが外出できないというのは、一日だけならともかくも一週間はさぞかし辛いものがあったと思います。自分が感染しているのではないか、家族に感染させるのではないか、近所の皆さんに迷惑をかけるのではないか、そんな不安がきっと心を支配したと思うのです。このような状況下でのみんなの冷静な対応に改めて感謝します。どうも有り難う。本当に有り難う。みなさんはすごい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、今回放送による合同朝礼としましたのは、まだ全体が1カ所に集まることは避けて欲しいという保健所からの指導を受けてのことなのですが、このことも含めて、今後の皆さんのあるべき態度についてお話しをしたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今回の広島市内における新型インフルエンザの発症は、市内では初めてであり、しかも、ホノルル市と広島市の国際交流行事の中で発症したわけで、発症源であろう人々は、私達の学校の生徒の中に発症したときにはもはや広島にいないという、これまでの全国の発症例では見られないケースでした。このような特異のケースであっただけに、当日交流事業でこられたホノルル市の人々は選手も含めて50人以上がおられ、その中の6歳の子供が発症した初めといっても、その他の選手やその保護者とどのような接触があったかは知れないわけで、この白島の学園全体を休校にして、二次感染による拡大を阻止する対策を取らざるを得なかったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先週の土曜日あたりからその成果が見え始め、本日開校といたしましたが、インフルエンザではない人でも、現在体調の不安な生徒の皆さんには試験は後日再試験日を設けるので無理をすることなく、休みを取って健康回復を図るように指導しているところです。一日も早くみんなが元気で登校し、校内にクラブ活動の活気ある声や、合唱・管弦楽の音色が響く日を待ちたいものです。さて、本日のお話はこれで終わります。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（７月７日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-4531576563571305177?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4531576563571305177'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4531576563571305177'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/09/blog-post_4752.html' title='新型インフルエンザ来襲を乗り越えて'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-4991450917886641940</id><published>2009-09-11T16:35:00.000+09:00</published><updated>2009-09-11T16:37:38.494+09:00</updated><title type='text'>頑固親父の世界</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。先週の日曜日は父の日でしたね。私の娘が日頃は広島に住んでいるのだけれど、21日は実家に帰って、私の好物を作ってくれて、一緒に食事をしました。翌朝、朝食を一緒にして、お昼の弁当を持たしてくれて、久し振りにお父さんをさせてもらって、決して娘にとってよい父親とは言い難い私ですが、お昼休み、三好副校長先生、校長補佐の金岡先生と一緒にお弁当を開いて食べました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、私は男の子ですから、男の子にとっての日本の父親というのはどんなものかについて本日はお話しをしてみようと思います。私達の時代の父親というのは総じて、子供に対して無口で、頑固で、厳しい存在でした。ある意味で父親はライバルであり、愛情豊かな母の敵のような存在として父親が家の中に君臨していました。父親が家に帰らないと夜の食事は始まりませんし、何事も父親が一番。お風呂、新聞、総て父親が最優先。母はその父に従順で、母が子供について小言を言ってもただ黙って聞いている。そんな父が母の話の終わった頃に、子供をじろっと見るだけで、私達子供はいい子になった、そんな父親が一般的であったように思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中学校のみの卒業であろうが、大学卒の父であろうが、その権威と頑固さは家庭にあっては大きく差はなかったように思うのです。私的なことで恐縮ですが、私の父もその典型みたいな父親でした。父親が怖くて、母は優しくて、その分、父親を尊敬する一方で父親を憎み、あんな父親にはならないぞ、あの親父を越えてみせるぞ、あの親父には負けないぞ、そんな気持ちを心の片隅に抱えて小学校、中学校、高校と過ごし、厳しい父親からようやく開放された大学時代。不思議なことに、父親の言葉が大学に入った頃から何となく心に優しく響くようになりました。学生時代、兄姉そして私の3人が東京の私立大學に通っていましたが、皆で帰郷してやんごとない話に花を咲かせ、時を忘れて議論をしていると、父親が最後頃に何か結論めいた示唆ある話をしてくれて、そんな話を母親が隣の部屋で聞いている。今では心温まる思い出です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて皆さん、皆さんにとっての父親、また、もしかしたら今は思い出のお父さんは、どんなお父さんですか。皆さんはお父さんにどんなプレゼントをしたのでしょうか。お父さんが亡くなったりして、今はいない人の場合はお父さんの優しい姿を思い出したのでしょうか。かつて、お父さんは、親父（おやじ）でした。頑固で厳しい親父でした。でもよく見ていると、親父は女の子には優しかったな。悔しいけれど、父親は男にとっては、大きなライバル、目の上のたんこぶ。でも、皆さんのような乙女にとっては、いつも味方で、貴女を守ってくれる、優しい優しいお父さんのように感じるのです。さて、本日のお話はこれで終わります。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（６月２４日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-4991450917886641940?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4991450917886641940'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4991450917886641940'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/09/blog-post_7855.html' title='頑固親父の世界'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-6671562867850162618</id><published>2009-09-11T16:34:00.000+09:00</published><updated>2009-09-11T16:35:32.557+09:00</updated><title type='text'>初めての試験を終えた皆さんへ</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。第1試験が終了し、皆さんの顔に、緊張感から解放され穏やかな笑顔が戻ってきました。試験というものはいつの時代もあまりよいものとはいえませんね。今回の試験は皆さん、いかがでしたか。一年生の皆さんにとっては初めてのことですから、みんなしっかり準備をして望まれたことでしょう。2・3年生の皆さんは､慣れのせいもあってあまり緊張しませんでしたか。ところで、皆さんは何故、学校では試験があるのか、考えたことがありますか。学校というところは、私達が将来、社会の中で自律的に生きてゆくための知恵を学ぶ場所であり、更に社会にでると専門的な様々な知識を求められ、その専門的な知識の基礎を学ぶ場なのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;皆さんは、社会で物心ともに豊かに生きてゆくための力になる叡智を学習するのです。中学校1年生ではこの内容を、２年生では最低これだけのものを、そして３年生ではここまでは学んでおかねばならない。これらの基礎的な知識は、覚える作業、そして考える作業を通して各生徒の皆さんが身につけなければなりません。皆さんが学んだことを本当に自分のものとしているかどうかは、試験を通して確認する以外に方法がありません。そこで、適切な期間を設けて皆さんが本当に理解できているかどうか、皆さんが本当に興味を持って学習しているかどうかを確認するために試験をしているのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;教師が皆さんの成績を見て一喜一憂するわけは、教師が一生懸命授業をしたことに対して、皆さんが興味を持って努力してくれているかどうか､理解してくれているかどうかを確認するために試験をしているわけで、成績がよければそれは生徒の教師に対する評価が高いということになるでしょう。そして、悪ければ､教師の授業や試験に問題があるわけで、試験の結果は教師にとってもとても厳しい、皆さんからのメッセージなのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ともあれ、今回試験が終了しましたが、最も大切なことは、試験が終了してからの１週間です。試験が返ってきたものの点を確認するのではなく、自分が理解できているところとできていないところを確認すること。できていないところを改めて学習し直り、解らないところを後に残さないように努力することが大切なのです。肝心なことは、取れた点ではなく、その中で理解できていないところを確実に確認し、解っていないところをもう一度学習して、学習の積み残しをしないようにすることです。そのために答合わせをするわけで、この１週間をしっかり学んでください。２・３年生の皆さんは悪い点を取っても慣れてしまっている人はいませんか。これが最も悲しいことです。理解できるということに慣れて､理解できないで黙していることに決して慣れないようにしましょう。さて、本日のお話はこれで終わります。本日も私のつたない話に耳を傾けていただいて感謝します。どうも有難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（６月１７日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-6671562867850162618?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6671562867850162618'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6671562867850162618'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/09/blog-post_11.html' title='初めての試験を終えた皆さんへ'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-8451869743474127027</id><published>2009-09-11T16:31:00.000+09:00</published><updated>2009-09-11T16:33:48.243+09:00</updated><title type='text'>遠来の客を迎える</title><content type='html'>先月5月28日、午後6時過ぎのことでした。三重県伊賀市にある小さな猪田小学校から、16人の小学校6年の子供達が私達の学園を訪ねてくれたのです。昨年から本学園の生徒会の諸君が中心になって取り組んでいる、被爆桜の育苗について見学したいということでした。生徒会顧問から、猪田小学校は明治2年の創立で大変伝統のある小学校ですが、奈良県と京都府と、三重県の丁度県境にある小さな小学校です。修学旅行でお見えになるといっても大変遠方からおいでになるのだから、昨年育てた桜があるのでそれを贈呈したいと生徒達もいっているのですが、いかがでしょうかという相談をいただきました。それはいいことですということで了解し、その桜の贈呈式を、花壇の前で行いました。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本校の慰霊碑の前に全員で立ち、頭を垂れて黙祷を捧げた後、本校の生徒会長が子供達にこれまでのいきさつをお話しし、代表の小学生に生徒会から桜の木を贈呈しました。この桜をきっといつまでも大切にし、育てて、この学校の生徒の皆さんの平和への願いを皆に届けたいと代表の生徒が述べ、帰って行きました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小さな小学生の後ろ姿を見ながら、あの子供達は、どんな思いで、この学校を訪ね、どんな思いで慰霊碑に祈りを捧げ、どんな思いで、生徒会の皆さんの説明に耳を傾けたのだろうかと思った時、何ともいえない優しさというか、穏やかな気持ちが私の心の中にこみ上げてきました。本当の優しさを持った人間に育つためには、幼児から青年期に美しい思い出をいかに沢山持っているか、いかにそのような体験を重ねているかによると言われていますが、16名のあの小学生達は、この桜をきっと優しい心で植樹し、育ててくれるだろうと思いました。そして、何十年かの後に、彼等はきっと生徒の皆さんが育てた桜の木の下に集い、この学園に訪ねたことを語り合い、平和の尊さを思うことでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今年になって北陸の、京都の、神戸の、そして九州の中高の校長先生や生徒会から、何通もお礼状をいただきました。本学園で育てた被爆桜の2世がそれぞれの学園の庭に植樹され、平和を祈るスペースができた事への感謝のお手紙でした。今年、卒業した高校生徒会長の岡田さんの生徒会が始めた被爆桜に託した平和への願いは、本年度の生徒会の仲間によって一気に広がりを見せました。利害を超えた生徒の皆さんの平和への願いは多くの人々の心を暖かく包んだようで、どの学校でも植樹式を行い、それぞれの県の新聞社やテレビ局がやってきて、県内に報道をしてくれたようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今、世界に目をやると、核開発の問題や、お隣の国の核実験など、広島に生きる私達として誠に悲しい現実が横たわっています。こんな時、遠方の小学生が平和の祈りを本学園で捧げてくれたことを嬉しく思い、深く感謝をしたいと思うのです。さて、本日のお話はこれで終わります。本日も私のつたない話に耳を傾けていただいて感謝します。どうも有難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（６月１０日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-8451869743474127027?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8451869743474127027'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8451869743474127027'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/09/blog-post.html' title='遠来の客を迎える'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-8583171551062430712</id><published>2009-05-19T11:35:00.001+09:00</published><updated>2009-05-19T11:38:46.357+09:00</updated><title type='text'>老いても死ぬまで母は母（親は親）である</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。先週の日曜日は母の日でしたね。この母の日にちなんで、親の愛について皆さんと一緒に考えてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;昨年度も皆さんのお母さんといろんな形で出逢いをさせていただきました。私が出会った皆さんのお母さんは、みんな穏やかで、優しいお母さんばかりでした。夫婦がともに相和して温かい家庭を築いている中での母、若くして主人が亡くなり、母の手一つで子供を育てている力強い母。母が倒れて父が母親代わりのお父さん、それぞれに、暖かいお母さんです。かつて、私は生徒を通していろんな親に出会いましたが、その親に共通していえることは、子どもの悪を憎しみながら子供を抱きしめて放さない親の姿です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;昨年度、皆さんが一寸した問題を起こし、その指導をする時など、決まってお母さんがこられ、お話をさせていただくと、必ずと言っていいくらいお母さんが涙を流されました。ふと、考えました。この母の涙はどんな気持ちから流されているのだろうかと。母は間違いを犯す貴女たちの悪い部分を心の底から憎んでおられる。人は他人を憎めば離れて行くものですが、皆さんの母は、貴女の悪を深く憎しみながらも暖かく抱き締めておられる。憎しみながらも抱き締めて放さない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、生徒の皆さん。皆さんはこんな深い愛情に育まれて今ここにあるのだということを自覚しているでしょうか。親の仕事は悲しいもので、子供が中学生くらいになると、多くの場合、親の云うことを素直に聞き入れることができず、つい反発をしてしまう。親はそのような子どもに対して、その子供の恥を背負ってやることくらいしかできない。こんな無償の愛を皆さんは身体一杯に受けて、今、ここにいるのです。そして、私達の多くが、親に深く感謝をすることなく歳月を重ねてしまうようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私的なことで恐縮ですが、私の母は今年94歳になりました。この3月10日に足の付け根を骨折し、呉市の国立病院に1ヶ月あまり入院したのです。物心ついて以来、母が入院したのは初めてでしたから、これまで親が元気であることが当たり前になり、あまり心配をしてきませんでした。これは親孝行のいい機会だと考えて、学校から帰りに毎日病院に通い、母に声をかけました。母は90を過ぎた頃からぼけが始まり、私のことも解らなくなっていたところに、痛み止めの麻酔が効いて、見舞いに行ってもほとんど解りません。そんな、やせて細くなった母の手や肩をさすっていると、母の意識が戻ることがあるのです。気分が乗ったときには、昔の歌を一緒に歌ったりしていると、ふと記憶が戻って、優しい母に戻り、母が私に言うのです。ちゃんとご飯を食べたか、これを食べなさい、あれもたべなさい、と。そんな母の手を握りながら、母を思いました。どんなに子どもが年を取っても母は死ぬまで母なのですね。皆さん、皆さんのお母さんはお元気ですか。皆さんもお布団の中でそっと母を思って下さい。深く思って欲しいのです。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（５月１３日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-8583171551062430712?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8583171551062430712'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8583171551062430712'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/05/blog-post_19.html' title='老いても死ぬまで母は母（親は親）である'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-1901488762431253769</id><published>2009-05-08T18:05:00.001+09:00</published><updated>2009-05-08T18:08:53.495+09:00</updated><title type='text'>葉桜の頃</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。桜の花も散って、青葉が目にしむる季節の到来です。1年で、時の流れを最も私達人間に教えてくれる時であるようです。昔から歳月は人を待たずと云われているように、人間の意識とは関係なく、確実な歩みを進め流れてゆきます。その時の流れに対して、私達人間の意識はどのようなものでしょうか。楽しいことがあれば、いつまでもその時のままであって欲しいし、悲しいことや苦しいことがあると、その場所から一刻も早く逃れたいと願ってしまう。自然の絶対的な時の流れに対して、人間は常にあらがい、そこから沢山の悲劇を生んできたようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このどうにもできない自然の流れを深く理解し、その自然に従って生きた人に西行という人がいます。西行法師は（1118～1190）、俗名佐藤義清（のりきよ）といいます。1118年、現在の和歌山県那賀郡打田町に生まれました。平将門の乱を平定した鎮守府将軍藤原秀郷の流れをくむ武門の家柄です。18歳から北面の武士として&lt;a href="http://www.mikumano.net/setsuwa/toba.html"&gt;&lt;/a&gt;鳥羽の院に仕えるも、23歳で突然、この世に無常を感じて出家します。法名は円位といい、西行と号しました。新古今和歌集に登場してくる西行法師の誕生です。先日5年生が宮島でボランテイア清掃を行いましたが、その宮島を開いた平清盛は、彼と同僚でした。西行と清盛は同い年で友人だったのです。出家後、彼は陸奥（みちのく）平泉へ歌枕を訪ねる旅に出、それから数年の後、高野山に入ります。以後30年ほど、高野山を拠点に諸国を遍歴、中国・四国にも旅し、各地で数々の歌を詠みました。そして奥州藤原氏が平泉に滅んだ翌年、1190年亡くなりました。彼はこの世の無常を感じながら、それらを見事な歌にして残しました。新古今和歌集の中で最も多くの句が出てくるのは彼の作品です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;願はくは　　花のしたにて　　春死なん　　そのきさらぎの　　望月の頃　&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(『山家集』上　春　77）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「願わくは、春、桜の花の咲く下で死にたいものだ。あの釈迦が入滅した２月15日の頃に。」彼はこの歌の通り、旧暦2月16日にこの世に別れを告げています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;4月に入って以来、美しい花を咲かせた本学園内の桜の花も、はらはらとその花びらを散らし、石畳の片隅に集まりました。その花びらを追いかけるようにして今、新芽が出そろっています。私の年齢になると、後、何度この美しい花を見ることができるのだろうかと思ってしまう。またこれからよき人と出会いたいと思っている人は、この花の下で恋をささやきたいと願っているかも知れない。母となれば、家族みんなでまた桜の咲く頃にお花見をしようと思っているかも知れない。人間の意識に関係なく、桜は散って、青葉となり、紅葉の季節を終えて厳しい冬を乗り越え、また、美しい花を咲かせることでしょう。生徒の皆さんは今年の桜にどのような思い出を作ったのでしょうか。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（４月１４日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-1901488762431253769?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1901488762431253769'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1901488762431253769'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/05/blog-post_08.html' title='葉桜の頃'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-5849124081322176603</id><published>2009-05-08T17:59:00.002+09:00</published><updated>2009-05-08T18:05:05.087+09:00</updated><title type='text'>いよいよ安田の生徒達が動く</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。春休みも終わり平成21年度がスタートしました。今年の春休みは、真冬に舞い戻ったと申しますか、咲きかけた桜の花が、蕾のままで暖かくなるのを待っているように感じました。日本語にはそんな時に花冷えと云う言葉があるのですが、まさにそんな春休みでした。皆さんがこうして元気で登校してくれた事を大変嬉しく思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、昨年度は、職員室が一緒になったり、5年生6年生の皆さんは江田島青年の家や、もみの木森林公園で学習合宿があったり、英語のスピーチコンテストや国語の朗読発表会、中学校3年生は英語検定準2級を挑戦したり、その他様々な文化的な学習コンクールが行われました。改革の中での実施ですので、当初の年間計画に位置付いていなかったものを初めてやると云うことで、皆さんは少々面食らったかも知れません。しかし、それにも拘わらず、生徒の皆さんは積極的にそれぞれの行事に参加して、緊張感のある取り組みをしていただきました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本年はいよいよ、安田学園としての教育内容の改革です。学園訓である「柔しく剛く」ある女性はいかに努力すれば、そのように成長できるのかを具体的に示し、それに向かって皆さんが努力できるようにすると云うことです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はこの学園訓の理想的な形を、リヨウ先生の生き様の中に見いだし、次のように定義づけてみました。「自己の確固とした道徳に基づき、自ら高い志を掲げて生き、単に知識を沢山持っているのではなく、その知識を生きとし生けるもののために活用できる人間となる。」リヨウ先生の生涯をつぶさに吟味し、語られた発言を分析するとこのようになりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、このような女性としての理想像に向かって私達はどう歩むべきかを問うた結果、その第一に、私達が安田の学園で学んだ躾の内容を私達の道徳に変えてゆく。第二に、私達は様々な夢を抱いていると思いますが、あれもこれもなりたいという夢から、一つを選び取って、その一つを実現するために高い志を掲げ、学校の仲間と共に積極的に努力する。そして第三に、私達が日頃学んでいる様々な知識を単に覚えている知識の段階にとどめず、知識を日常の生活の中で積極的に活用し、知識を体験的了解の基に自らのものにする智慧に変える。この三つを、本学園の教育の基本にすえて、生徒の皆さんと、教職員が一丸となって取り組んでいきたいと思っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただ、私達教職員よりも、生徒の皆さんの方が、これらを先取りして昨年度から積極的に取り組んでいることがたくさんあって、私達教師の方が遅れているなと思うこともあるのです。例えば生徒会のリーダーシップ研修や、被爆桜に対する取り組みや、クラブ活動などの成果を見ておりますと、私達が生徒に後を取らないように、努力したいと思っております。この一年、生徒の皆さんと共に努力できることを喜び、私の式辞といたします。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（４月８日　始業式）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-5849124081322176603?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5849124081322176603'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5849124081322176603'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/05/blog-post.html' title='いよいよ安田の生徒達が動く'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-2508348938144123658</id><published>2009-01-29T18:12:00.002+09:00</published><updated>2009-01-29T18:15:15.614+09:00</updated><title type='text'>中学校の入試を終えて</title><content type='html'>　生徒の皆さん、おはようございます。今年も中学校入試が終了いたしました。生徒の皆さんの中には、この入学試験の間、お手伝いをしてくださった方もいて、その生徒の皆さんには本当にお世話になりました。どうも有り難う。この時期ですから、インフルエンザにかかった小学生、体調を壊した受験生、緊張感でがちがちになった受験生を皆さんが優しく対応をしてくれたお陰で、何とか事故もなく、終えることができました。昨日、二次試験結果の発表も終わり、沢山の生徒の皆さんの申し込みを受付することができました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今年は自然科学探究コースを新たに設置し、入試の問題の質も探究型に変えて、実施しました。いろんな形で、外にアピールをして参りましたが、そのことが正しく理解されたか、この受験結果が出るまでは明らかになりません。昨日の申し込みの数や不合格になった生徒の皆さんの数、そして成績などを見ると、ほぼ正しいご理解をいただけたのではなかろうかと、安堵しているところです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本年度は、学校改革の内容を外に向かっていろんな形でアピールしてきたのですが、昨年に比べて大きく違っていたのは、新しいコースを導入すると云うことだけではなく、アピールの仕方そのものを変更したことにあります。その最も大きな変更点は、教師が表に立つのではなく、生徒の皆さんが表に立つと云うことでした。生徒の皆さんこそ、最大のセールスマンである。即ち、生徒の皆さんが輝いていれば、それだけで大きな宣伝になるという発想に立ったことです。皆さんはこのことをよく理解し、いろんなところで安田の良いところをアピールしていただいたと思っています。合唱部、管弦楽部、バトン部、その他いろんなサークル活動において皆さんか活躍する場を見せくれました。更に、生徒会の皆さんにはオープンスクールや塾の説明会など、いろんな局面で協力をしていただきました。これらの生徒の皆さんの活躍が多くの保護者や小学校の受験生の皆さんの目にとまり、評価をいただくことになったと、私は思っているのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学校は、どんなに有名であっても、どんなに伝統があっても、どんなに素晴らしい施設を作っても、どんなに有名な教師を揃えても、現にそこにいる生徒の皆さんが輝いていなければ、何の意味もないのです。生徒の皆さんが、この学校に来て良かったと心から思い、そして楽しく学習に励み、生徒同士がとても仲良く、学校を終わると明日は学校で何をしようかと思いめぐらし、明日を楽しみにして家庭で学習をしている。皆さんがそのような集団になったとき、そこに本当の素晴らしい教育があると思うのです。そして私達教師はそのような生徒の皆さんのために、汗を流したいと願っているのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しばらくすると新しい生徒達が不安と夢を抱えてこの学校に通ってきます。皆さんが生き生きとして、楽しく学校生活を送ってくれることが、本当の意味で、総ての成長の源となり、その中に私達の理想とする教育の姿があると思っているのです。これから、校内の最終試験に突入です。3年生の皆さんは最後の試験です。明確な目標を立てていると聞きました。諦めないで頑張ってください。2年生の皆さん、中学校はもはや貴女たちの手の中にはいる。責任ある行動をしましょう。1年生の皆さん、新入生の熱いまなざしに応える態度を持ちましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１月２８日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-2508348938144123658?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2508348938144123658'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2508348938144123658'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/01/blog-post_2807.html' title='中学校の入試を終えて'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-717094973322320879</id><published>2009-01-29T18:05:00.002+09:00</published><updated>2009-01-29T18:09:55.624+09:00</updated><title type='text'>創立記念式　式辞</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。本日はこの学園の94回目の学校創立記念日です。本日は、本学園の理事長先生、本部長先生の同席をいただく中で、この日をお祝いできることを皆さんと共に喜びたいと思います。理事長先生、本部長先生におかれましては、ご多忙な中をご臨席いただき有り難うございました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、人が生まれて生涯求め続けるものとは何でしょうか。貴方たちのような生徒の時代でも、大学生でも、主婦でも、老人になっても、いついかなる時代になっても人間が求めて止まないもの。千年の昔の女性も、千年後の女性も求めているもの。即ち人類が求めて止まないものとは何なのでしょうか。知恵ある先人はそれを幸福であるといわれました。幸福を何にするかは各人、各時代によって異なります。例えば、病に倒れている人にとっての幸せは健康回復でしょう。また、食糧不足の時代であるならば満腹になるまで食べれることであり、自分が勉強できなくて悩んでいる人は勉強ができるようになることでしょう。幸福を感じる具体的な中身はそれぞれの人によって異なりますが、それを深く何故と問うていくと、最後はそれがその人にとって幸福になるからということになります。それ故に人類の究極の目標は幸福であるということになります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;皆さんが学ぶこの学園は安田リヨウ先生という一人の人格者によって今から94年前、大正4年に創立されました。先生は、総ての女性が自立し、幸せになってほしいという志からこの学校を創立されたのです。そして先生はその願いを一冊の本に託しました。それが、皆さんももっている「白梅」です。この本を読んでいると、先生の「総ての女性に幸せになってもらいたい」という願いが伺いとれるのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先生が生きられた時代は、女性が学問することがまれなる時代でした。先生ははじめ人間の命の尊さに着眼され、医学の道を志し、東京医学校に入学されましたが、女性が人の命を左右する仕事に就くことは罷り成らんと云うことで二年で中退、しかし学問の心止みがたく、次は日本女子大学の英文科に学び、ようやく留学と云うことになった矢先に、女子が外国の言葉を話すのは良くないと云うことでまた広島に呼び戻されました。最後は家政科なら問題はなかろうと云うことで、東京裁縫女学校師範科（現東京家政大学）に学ばれ、卒業されました。その後、こちらに帰って、安田五一先生とご結婚されました｡この先生の生き様を見ていて思うことですが、家政科師範科に云ったことがリヨウ先生の人生の大きな転換点になったようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すなわち、安田学園の前身である広島技芸女学校を開校、若き女性の自立と幸せを願う具体的な活動が始まり、そして94年の歳月を経て、今日の総合学園になったのです。一人の小さな志が、今、幼稚園から大学院まである学園に成長した。この始まりは、一人の少女15歳の決意から始まっていると云うことを、今日この日に皆さんと確認したいと思います。皆さんもリヨウ先生が立ち上がった年齢です。貴女たちの心の中に、リヨウ先生と同じように、夢を抱きましょう。そしてそれをふくらませ、努力しましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-717094973322320879?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/717094973322320879'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/717094973322320879'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/01/blog-post_29.html' title='創立記念式　式辞'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-3253849785778195231</id><published>2009-01-13T18:31:00.000+09:00</published><updated>2009-01-13T18:32:24.600+09:00</updated><title type='text'>年の初めに</title><content type='html'>生徒の皆さん、明けましておめでとうございます。さて、昨年末から経済的混乱が進行する中、平成21年の幕が開きました。全国で就職内定取り消し、派遣社員の全国的な首切り、など、かつて大不況といわれたときでもなかった事が毎日、報道されています。国民はマスメデイアの報道によって得体の知れない不安を抱き、疑心暗鬼になって、毎日を見過ごしています。このような光の見えない時代に私達は、どう生きることが大切なのでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今回の経済的混乱は大変厳しいといわれていますが、私達人類は何度もこのような時代を生き抜いてきたわけで、その度に人類は叡智を活用して克服して参りました。歴史の教科書は、このような時代を生き抜く知恵が書かれたものであると言えるのです。ところで、今日の状況は、幕末から明治にかけての江戸市中の混乱とよく似ているのではないかと思うのです。昨年の大河ドラマ「篤姫」を見られた人は、江戸から明治の混乱期を日本人がいかに乗り越えたかを見たと思いますが、あの中に少し出てきた人物で、明治の庶民の混乱に心を砕いた一人の人物がいます。この人物を紹介して、私の年頭の式辞にしてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その人の名前は山岡鉄舟といい、書家の世界では幕末三舟（西郷南舟・勝海舟・山岡鉄舟）といわれるほど筆の立つ徳川の幕臣でした。身の丈六尺、幕臣でありながら髷も結わず、ばさばさの髪を後ろにくくって、よれよれの羽織袴で江戸城に登城したと云われています。周りの幕臣は、彼の風体を見て何を考えているか解らない不気味なやつと考え、多くが側にも寄らなかったと言われています。彼が歴史の舞台に登場するのは、江戸城無血開城で勝海舟が西郷隆盛と薩摩藩邸で会ったときに密かに登場しますが、この対面の実現に結びつけた人物こそ、彼であるといわれているのです。「篤姫」では彼女が西郷率いる官軍と幕軍との戦争を諦めさせたといった形で紹介されましたが、本当は、勝海舟の親書を持って官軍の中に鉄舟が決死の覚悟で潜り込み、西郷に直接会って事前の打ち合わせをして、その後二人はあの場に望んでいるのです。そしてあの薩摩藩邸に決死の覚悟で同行している幕臣が山岡鉄舟なのです。彼はその後、明治政府の重鎮となり、愛知県の県令、そして明治天皇御養育係などを務めますが、その間、混乱する江戸の町民の家々を、仕事の帰りにはふらっと立ち寄り、彼等に尋ねるのです。「おまえは何をしている。」「魚屋です」「そうか、魚屋か、だったら一生懸命美味しいお魚を売りなさい」「おまえは何だ」「按摩です」「おお、俺の体をもんでくれ、みんなのかだらを癒してやれ」「おまえは」「私は町屋の仲居です」「おおそうか、そうか、町衆に美味しいお酒を飲ませてやれ」「みんな今まで通り、何も悩むことはない、これまでやってきたことを一生懸命やればいいんだ」といって、江戸の市中を説いて回られたようです。その内、人々も落ち着いてきて、あの維新の混乱も落ち着くのです。&lt;br /&gt;今、この人が生きていたら、日本のリーダー達を見て何と言われるだろうかと、ふと思うのです。さて、生徒の皆さん。私達は、社会の風潮に惑わされることなく、安田の生徒として、堂々となすべきことを揺らぐことなく為しましょう。今、なすべきことをしっかりして居れば、必ず素晴らしい未来が見えてくるものなのです。頑張ってください。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１月８日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-3253849785778195231?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3253849785778195231'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3253849785778195231'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/01/blog-post_8878.html' title='年の初めに'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-1816014573810080030</id><published>2009-01-13T18:27:00.001+09:00</published><updated>2009-01-13T18:29:47.813+09:00</updated><title type='text'>年末清掃について考える</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。平成20年ももう少しで終わろうとしています。皆さんにとって、この1年はいかがなものであったのでしょうか。私は生徒の皆さんの明るい声に、そして一生懸命努力する姿の励まされた1年でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、私が教師になって、初めての経験をしたものが昨年、そして本年とたくさんありました。これは本来学校教育で当たり前のことかも知れませんが、そのようなことを生徒の皆さんと一緒にしていなかったことがあり、大変反省させられたことがあるのです。その1つに、本学園の年納めの最終日に、生徒達と教師が一緒になって、この1年ここで学ぶことができたことに感謝して、清掃するという行事があります。もちろん、公立の学校でも年末の年納めの日に、午前中一部の先生方と、事務の職員の方々と一緒になってお掃除をしておりました。しかし、私達の学校では冬休みに入った後にお掃除をするために生徒達がやってきて、先生方と一緒になって、講堂に集合し、みんなで感謝しながらお掃除に励みましょうという習慣がある。流石に長き伝統を持つ女子校だけのことはあるなと感心しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、生徒の皆さん、かつて、といってもほんの少し前まで、日本国中何処でも、年末になるとほとんどのおうちで大掃除を家族みんなでしておりました。11月の終わり頃から12月の半ばまでの日差しの柔らかな日曜日を選んで、お父さんもお母さんも、子供達もみんなで、畳を上げてたたいたり、床の下に石灰をまいたり、柱を拭いたり、天井の埃を落としたり、一日かけて家族みんなでお掃除をする。そして、終わったらぜんざいや、甘酒を一家団欒の中で飲みながら、家族の暖かい結びつきを確認する。これが日本のごく当たり前の風景であり、300年以上の昔から行われてきたようです。近年は生活様式が変わり、畳を上げて干すといったこともやりづらくなりましたが、たとえ生活様式が変化しても、私達が住む環境を美しく保つと云うことは変わってはならないものです。私達にとって、清潔さ、即ち洗濯の香りがする下着、よくアイロンの掛かったシャツの着用、しわのない折り目のついた制服、そしてお部屋の整理整頓、これらは、女性である私達の最低限度のみだしなみの一つであると思います。どんなに勉強ができても、どんなにスポーツがうまくても、どんなにみばえが美しくても、どんなにスタイルが良くても、どんなに高価なものを身につけていても、女性としてのみだしなみを身につけていない人が、決して他者から評価されることはないと思うのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今、私達が学んでいる教室や廊下、グランド、お庭、トイレなどに対して、この1年活用させていただいたことへの感謝を込めて清掃する。何と素晴らしいことでしょう。願わくは、学校だけではなく、ご家庭に帰っても、しっかり学校で学んだことを家族の皆さんを巻き込んで実践し、貴女たちの生涯の文化にしていただきたいと思います。先生方におかれましては、しばらくは保護者生徒面談などで、多忙な日が続きますが、忙中閑あり、正月に向けて十分に体を休めていただきますように。では、本日の話はこれで終わりです。本年も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１２月２０日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-1816014573810080030?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1816014573810080030'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1816014573810080030'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/01/blog-post_194.html' title='年末清掃について考える'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-8996852789416996799</id><published>2009-01-13T18:26:00.001+09:00</published><updated>2009-01-13T18:27:53.785+09:00</updated><title type='text'>第四試験を終えて</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。第四試験を終えて、皆さんはほっとしているところでしょうか。今日から試験が返却されますが、いつも申し上げておりますように、試験は何のために行われるのかをよく考えて、返却された自分の解答用紙を見てください。試験を受ける生徒の皆さんは、試験の範囲をこれまでに学習してきたわけですから、その学習した内容が理解できているか、覚える項目があればその内容は覚えているか、そして覚えたものが活用できるかなどを確認するチャンスです。一週間前と同じようにこれからの一週間が重要な日であることを再確認いたしましょう。私達は中学生ですから、今回の試験の内容がよく理解されていれば、一般的に八〇点以上はとれるような試験になっているはずですから、それを基準にして自分の理解度を確認しましょう。また、大半ができている人は、そこから次の課題を自分で出してより深く学習するように心がけてください。また、できていなかった人は、何故、今回の試験に結果がこのようになったのか、その原因を考えてください。学んだところが理解できていなくて点がでなかった人は、ちゃんとそのことを確認して、先生の所に行って再度学習しましょう。また理解できているお友達から教えてもらってください。テストですからその時の調子の良し悪しもありますので、それらをプラス・マイナスして自分で判断し、行動に移しましょう。決してそのままにしないようにしてください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、一方試験を出題する側にとって、即ち教師にとっては、日常授業をして、その授業が生徒によって評価を受ける日なのです。私もほんの少し前まで、試験を作り生徒に課していましたから、試験を作る側の気持ちはよくわかります。私の場合は、高校の現代社会・そして倫理、高校三年の倫理は理系と文系があり、理系はセンター試験対応でしたから、文系の問題と違ったものを出しておりましたので毎回三種類、平均で問題は大問が四問から五問、B4用紙で四枚、計十二枚、オリジナルの文章を作成して作っていました。文章の構想を試験が終了したときから考えはじめ、その回の試験が完成するのに大体一ヶ月かけていました。試験問題作成に随分と時間をかけていたように思います。日常の生活や一寸した生徒達との会話を参考にしてリード文を作成し、生徒がその試験を受けて喜んでくれると、とても勇気が湧いてきて、しかし、時にはあまり良くなかったとか、成績が良くないと、生徒の諸君に自分の授業を評価してもらっている感じで、悔しい思いもしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は試験というのは生徒達が私の授業内容を評価する時と理解していましたので、平均点を想定して生徒達に伝え、そして、その結果が予想よりよい場合は、にこにこして喜び、悪い場合は、生徒諸君に申し訳なく、何故そのような点しかとれなかったのかを吟味し、生徒達によく尋ねて、次の試験の作問の参考にしたものです。私にとって定期試験は生徒達との深い人間関係を築く大きな手段でもあったように思うのです。試験というのは、私達にとって真に人間として成長するための非常に優れた手段のように思っていました。今でもそのように思っていますし、先生方もそのように理解していただきたいと思っています。そう考えると、試験が何となく楽しいものにもなると思います。では、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;（１２月１６日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-8996852789416996799?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8996852789416996799'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8996852789416996799'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/01/blog-post_8226.html' title='第四試験を終えて'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-8465381029481628609</id><published>2009-01-13T18:23:00.000+09:00</published><updated>2009-01-13T18:25:35.726+09:00</updated><title type='text'>安田の学園文化・万物慰霊祭について考える</title><content type='html'>12月の5日に第5講義室で万物慰霊祭の行事が行われます。戦前、戦後を通して、日本の女子教育の現場では何処でも行われてきた針供養が、このような形で本学園に残されていたことに、私は大変感動いたしました。日頃使用している、針や使われなくなったその他の道具、例えばシャープペンシルや鉛筆などをお奉りして、それらに感謝するというのは、日本人が古くから大切にしてきた精神です。私達がこの世の中に人間として生まれさせてもらい、多くの生き物や、その他の自然界のあらゆるものから豊かさをいただき、生きさせてもらっている。このようなことに感謝することの出来る民族であることを私は大変誇りに思ってきました。その日本人としての誇るべき文化を私達の学校は大切にしてきたのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本という国は、二度、自分たちの国の文化に疑問を抱き、その文化を簡単に捨ててしまった経験があるのです。その一つは明治初めの廃仏毀釈、そして二度目は、第二次世界大戦後、戦争に敗れて、米国の物量が流入した時です。この二つの時期に日本の美しい文化財が焼き払われたり、世界に流失していきました。国内においては、日本人の庶民の生活文化や精神といったものまでが、いつの間にかどこかに置き忘れられて、いつしか私達は精神的な文化を持たないような日本人に成り下がってしまいつつあるようです。また、学校教育においても旧教育基本法に定められた「学校教育において宗教教育をしてはならない」という文章を拡大解釈し、更に、戦後の多くの知的階級が抱いた意識、「羮に懲りて膾を吹く」といった傾向が充満し、日本の精神的な文化や宗教までも否定してしまうような風潮がかなり長い間続いたようです。その間、私達の親たちはひたすら物の豊かさを求める傾向の中で、高度経済成長期を生き抜き、気がつけば私達の国を世界第二位の経済大国にのし上げる礎になったのです。しかし、一方で日本のあらゆる文化的なものが構造的に変化し、そして消えてゆきました。科学の発達と、科学的ものの見方に対する絶対的な信頼は日本人の神々に対する意識に疑問を持たせ、更には、古来からある伝統文化に疑問を持たせ、気づかぬうちにそのような文化が各家庭や地域社会から消えていったように思うのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本学園では、針供養という伝統行事を、単に裁縫という学習の領域にとどめず、日常のあらゆる授業で使用され使い古したもの、使わなくなったものに感謝して、一年の終わりに祭って御礼を云う、こういった形式に変えて、この日本人独特の文化を守ってきたのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、新しく何かを創造するというのはそんなに大変なこととは思いません。しかし、これまであったものを大切にして、長い歳月、それらを維持してゆくというのは本当に大変なことです。私達はそのことに気づき、本当に大切なものは、時代の流行にとらわれることなく、いつまでも大切に守るという意識を持ちたいと思うのです。では、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１２月３日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-8465381029481628609?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8465381029481628609'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/8465381029481628609'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/01/blog-post_4978.html' title='安田の学園文化・万物慰霊祭について考える'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-9137735866144253408</id><published>2009-01-13T18:17:00.000+09:00</published><updated>2009-01-13T18:19:22.208+09:00</updated><title type='text'>清掃の意義について考える</title><content type='html'>流石に霜月ともなると、朝は、寒さが応えます。寒風の吹く中、雨の降った後の庭の掃除は大変ですね。落ち葉が石畳にこびりついて、なかなか葉を集めることが出来ません。そんな中を生徒の皆さんが一生懸命、お掃除をしている。この風景を大切にしたいですね。昨年も、丁度この頃に、お掃除が日本の学校では、何故生徒達と教師によって行われるのかということについてお話しをさせていただきました。安田の学校では、特にお掃除を大切にしたいと云うことについて改めて皆さんと一緒に考えてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;教育の一環として掃除が行われると云う考え方は仏教の教えから来ていると言うことです。仏教ではお掃除は、悟りに至るための修行の一つとして考えられています。沈黙の中でただひたすら目の前の環境を美しくする。美しい環境にしていく過程で自分の心の煩悩も捨て去ることができるという考え方です。この修行のきっかけとなった教えが、茗荷の悟りへの道です。茗荷という野菜を皆さんは知っていますね。少し香りが強く、冷やしそうめんの具として、あるいは夏の暑い日に鱠として広く料理の中で活用されますが、これは食べ過ぎると、少し物忘れをさせる植物で、茗荷という俗名がついているのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;茗荷は、名前を担うと書きますが、こればブッダの弟子の周利槃特という人物につけられたあだ名から取ったものです。かつてブッダの下には多くの弟子がおりましたが、その中でも最も優れた人物にマハハンダカという弟子がいました。しかし弟の周利はたいへん頭が悪く、自分の名前すら忘れる始末で、仲間が忘れさせないために名前を書いて首にかけさせていたので、茗荷と呼ばれたのです。兄はそんな弟を不憫に思い、修行僧としては辛いといって彼を祇園精舎から出るように言います。そんな時ブッダが外から帰ってきました。荷物をまとめて泣きながら出て行こうとする茗荷に事の事情を聞き、ブッダは言いました。何も修行をやめることはない。学問だけが修行ではない。ここに一本の箒がある。これで、この場所を「垢を除かん、塵を除かん。といいながら掃除をしなさい。そしてその時、心のゴミも捨て去るのです」といいました。歳月が流れたある時、祇園精舎の片隅が光り輝いて見えると報告があり、ブッダはその地を訪れました。そこには一心の掃除に打ち込み悟りに至っている茗荷の姿があったのです。ブッダは多くの弟子達に語ります。「見よ、茗荷はもはや悟りに至っている。」後々、茗荷は多くの人に教えをわかりやすく説いたと言われています。そして彼の墓の側にはえた植物が茗荷なのです。この教えから、仏教国では、清掃が教育の重要な要素として取り入れられたのです。日本の戦国時代、江戸時代とどの寺子屋でも、教育は掃除から始まりました。明治の教育改革でも総ての学校で掃除が教育の一環として取り扱われました。そして今日に至っているのです。他のことを考えることなくただひたすら清掃に打ち込むことをもう一度、みんなで進めてみようではありませんか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;安田の卒業生は、日本人としてのきちっとした清掃がみんな出来るというのは、学校の一つのステイタスになるものです。教育活動の中で最も大切なこと、人間として、清潔な環境を創造できる、これなくして教育はあり得ないと思うのです。では、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１１月２６日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-9137735866144253408?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/9137735866144253408'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/9137735866144253408'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/01/blog-post_1720.html' title='清掃の意義について考える'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-7441703820691973237</id><published>2009-01-13T18:14:00.002+09:00</published><updated>2009-01-13T18:17:14.429+09:00</updated><title type='text'>6種類のクオーク、この研究の始まりは一つの疑問から始まった</title><content type='html'>生徒の皆さん、おはようございます。もう一月以上も前の話で恐縮ですが、本日は本年10月に報道された、日本人物理学者小林誠・益川敏英教授、そして南部陽一郎シカゴ大学名誉教授のノーベル物理学賞受賞に関わって、この受賞はどのような研究に対して授けられたのか、またこのような研究はいつ何処で始まったのかと云うことについて、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼等の研究は、この世の中を構成している基本粒子、簡単に言うとこの世の中の最も小さな単位、最もちいさなものとはとは何かという疑問に対する検証です。その一つがクオークと呼ばれるもので、そのクオークは6種類あると云うことを予言し、そしてそれらを検証したことによる賞であるということです。この発見により、私達が生存する宇宙の成り立ちや今後の方向性のようなものが明らかにされることになると云うことですが、この内容につきましては、理科の先生方にお任せをすることにして、先ほど述べました、「この世の中の物質を構成している最も小さな単位は一体何から出来ているのか」という疑問はいつ、何処で始まったものなのか。またその疑問符が後の人類にどのような影響を与えたのかと云うことについて考えてみましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それは古代ギリシアのソクラテスやアリストテレスが登場する前、紀元前624年頃、現在のトルコの西南端にあるミレトスという都市国家に生まれたタレスという人物の疑問符から始まったと考えられています。彼は、若き日エジプトに留学して数学や天文学を学び、帰国して紀元前585年、日食の予言を行ったという記録が残っています。その彼があるとき古い枯れ井戸に落ちたとき、フッと抱いた一つの疑問符。&lt;br /&gt;「万物の根源は何から出来ているのだろか。これまで、この世の中は神によって創られたと云われているがそれは本当なのか。」&lt;br /&gt;この小さな疑問符から、始まったのです。そして、この世の中は神による創造であるとするこれまでの人類の考え方を変えることになるのです。彼は「万物の根源は水である」という一つの仮説を立て、自然哲学という学問の領域を打ち立てます。その学派の中には皆さんもよく知っているピタゴラスがいます。またヘラクレイトス、エンペドクレスなどの学者を経て、紀元前400年頃、「万物の根源は原子（アトマ）である」という一つの真理にデモクリトスという学者が到達するのです。そして西欧近代になって、ようやく原子よりも小さいものの存在の確認が行われるのです。即ち原子は、素粒子や陽子に分割されることが証明され、そして現在、この世の中で最も小さい、これ以上分割できないもの、それはクオークであり、そのクオークは6種類あると云うことを、この度、日本人が発見し、検証したと云うことなのです。この偉大な発明によって、私達の成り立ち、そして大きくはこの宇宙の成り立ちを検証できるまで、人類は科学を進歩させたと云うことになるようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ほんの一つの疑問符が、物理学・科学など理科系の新しい学問領域を開き、そして今、安田の学園はこの理系の研究を大切にするコースを造ろうとしています。一つの小さな疑問が人類に与えた影響の大きさを思うとき、ささやかなことにでも「何故か」と問う姿勢の大切さを改めて感じるのです。では、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１１月１８日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-7441703820691973237?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7441703820691973237'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7441703820691973237'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/01/6.html' title='6種類のクオーク、この研究の始まりは一つの疑問から始まった'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-6071633054347450585</id><published>2009-01-13T18:11:00.001+09:00</published><updated>2009-01-13T18:13:10.935+09:00</updated><title type='text'>オバマの奇跡</title><content type='html'>私には夢があると45年前に誇り高く語り、志半ばで凶弾に倒れたキング牧師。その2年前に生まれたオバマ氏が合衆国大統領に就任することを誰が予見したであろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、生徒の皆さん、おはようございます。2008年11月は、100年の後も世界の中学・高等学校の教科書の中で、オバマというアフリカ系アメリカ人の挑戦が成就した年として語り継がれる日なのです。世界最高の権力者の椅子を一人の黒人が手にすることになった日。彼は世界で最も有名なヒラリー女史と大統領指名をかけて戦って勝利し、更にアメリカのスピリッツを代表するようなマケインを破ったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今から2年前、誰が、彼が大統領になると考えたでしょうか。当時、誰もが、ヒラリー・クリントンが時代の波に乗って次期大統領になると考えていました。世界的に女性の地位が向上し、その頂点ともいえる大統領夫人として活躍した体験を持つその彼女を破り、最後にマケインと戦います。マケインは祖父も父も軍人であり、その世界のトップでした。そして本人も士官学校を卒業してベトナム戦争に従軍、5年もの長い歳月捕虜として監禁されましたが、その間、信念を曲げず頑張りました。正義感の強いアメリカ合衆国のシンボルのような彼にオバマが勝つという方程式はなかったと思います。選挙の数ヶ月前になると、最後は白人のマケインに、白人は投票するという諦観のようなものが支配しました。しかし、最後の一ヶ月になった時、思いもよらない経済的混乱が世界を襲いました。そこに、オバマの高い志と情熱、そしてさわやかな弁舌がマスメデイアの波に乗り、ついに勝利をつかんだのです。もし、世の中に奇跡が起きることを信じるというなら、このようなことを云うのであろうと思わざるを得ません。&lt;br /&gt;彼は決してブルジョアでもなく、アメリカ市民なら誰でも評価するイギリス系移民でもない。むしろ、経済的に恵まれない黒人です。彼自身がイリノイ州・シカゴから身を起こし、ハーバード大學院に進み、その中で法曹家を志し、その後、政治家となって12年。今月4日に権力者としての世界の頂点に立ったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;きっと皆さんは母になった時、君たちの子供達の教科書の中に今月の出来事の記載を見るでしょう。おばあさんになって、孫の教科書の中に今月のことが記載されているでしょう。そうです、今、皆さんは今後の世界の歴史に大きく影響するであろう出来事の中を実際に生きている証人なのです。何故こんな奇跡が起きたのか。今、しっかり分析し、歴史の何たるかを皆さん自身が導き出してください。私は皆さんがこのことについていろんな角度から話し合っていただきたく、私の私見を述べることを敢えていたしません。皆さん自身に本気で考えていただきたいからです。では、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１１月１２日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-6071633054347450585?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6071633054347450585'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6071633054347450585'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/01/blog-post_13.html' title='オバマの奇跡'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-7591839144997237066</id><published>2009-01-13T17:45:00.001+09:00</published><updated>2009-01-13T17:47:48.791+09:00</updated><title type='text'>中学校合唱部全国大会金賞受賞</title><content type='html'>　おはようございます。先週の始業式の日、朝日新聞の全国版と広島版に安田女子中学合唱部金賞受賞の文字が躍り、更に、高校の音楽部（合唱部）と中高校またがって活動する管弦学部が広島県大会で双方、金賞を受賞し来年度の全国大会出場が決まったというニュースが飛び込んできました。始業式を終えて校長室で来客に対応していると、なにやら小さなノックの音がするものですから、ドアを開けると、合唱部の生徒の皆さんがはじけんばかりの笑顔で立っており、私にお礼と結果報告をいただきました。私の方からみんなにお礼を言わなくてはいけないのに、生徒の皆さんが大挙してやってきて、いい結果が出てうれしい、そしてまた頑張ります、とさわやかな笑顔でお礼を述べ、各自の教室に帰っていきました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;全国大会で金賞を取るというのは子供達をこんなに自信にあふれた顔にさせるのか、そして大きく成長させるのかと思わせるくらい、彼女たちの笑顔は輝いていました。また高校の方も、中学校に比べて少し少ない人数での合唱の挑戦でしたが、これも県大会で優勝。更に中学・高等学校合同の管弦学部も、県大会で優勝、来年度共に全国大会参加が決まりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;かつて、安田学園で音楽に関する総てのクラブが、県で1位になったのはいつのことでしょうか。もちろん、中学の全国大会優勝は初の快挙ですから、安田女子学園始まって以来の快挙であるということになりそうです。そしてこの1週間。それぞれのクラブは、すぐに練習を開始し、より高い次元を求めて、これまでの挑戦者の意識から、挑戦を受けるものの意識になって努力を始めていると顧問の先生方から報告をいただきました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;全員が、今回の快挙におごることなく、初心に帰って、これまでとは違った、より引き締まった練習に変化してきていると云うことをお聞きし、大変嬉しく、また頼もしく思う次第です。文化系のクラブであろうが、体育系のクラブであろうが、日本一になる、広島県一になるということは大変なことであり、そのことは他のあらゆる学習活動にも通じるものであると思っています。私達の仲間が日本一になっている。私達もこれに続いて、精進しよう。私達の仲間が出来たのだから、その同級生である私、その先輩である私、その後輩である私に出来ないわけがない。中学合唱部員の多くは一年生、この春入学してきた後輩であり、大半は始めて合唱部に入部した仲間です。そして彼女たちが日本一に輝いた。何故、このような結果が出てきたのか。ふと、私は思うのです。指導者と、学ぶ者が一体になり、共通の目標に向かって、無心で取り組んだ。お互いを信じ、励まし、協力した結果、気がついたら素晴らしい賞がついてきたと云うことでしょうか。青春って素晴らしい、本当にいいなー、そんな気持ちをいただいた一週間でした。本日はその彼女たちの歌声を皆さんと一緒に、この場で聞きたいと思います。&lt;br /&gt;さて本日の話はこれで終わりです。今日も静かに私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１１月５日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-7591839144997237066?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7591839144997237066'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7591839144997237066'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2009/01/blog-post.html' title='中学校合唱部全国大会金賞受賞'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-9100679874225542615</id><published>2008-10-27T12:27:00.004+09:00</published><updated>2008-10-27T12:33:20.154+09:00</updated><title type='text'>平成二十年度後期始業式式辞</title><content type='html'>おはようございます。秋休みは皆さんにとって充実していましたか。さて、本日は授業に望む態度について、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;皆さんは今、どのような気持ちで授業を受け、どのような態度で、授業に臨んでいるのでしょうか。まだ私が駆け出しの教師であった頃の話ですが、生徒の学ぶ態度によって、私自身が教師として育てられた体験があり、以来、このことを支えにして参りましたが、こんな幸せを本学の教職員に、今ここにいる生徒の皆さんに導いていただきたくて、後期の式辞としてこの話をすることにしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本学のように高校生の大半が受験する学校に赴任したのは、私が34歳のことでした。現代社会という教科が始まる前の年で、センター試験でこの教科が必修と云うことで、その学校に招聘されました。一年だけは、地理を持って欲しいと云うことになり、私は高校の時も地理は選択で勉強したことがないと申しますと、高校一年生の地理だから、教科書を徹底的に学習して、指導内容を追いかけながら指導すれば何とかなりますと云われて引き受けました。が、着任した日に思いもよらないことを言われたのです。「三年生の理系クラスの受験地理を週三時間、受け持つことになっているのでよろしく。」一年の時に教科書を終えて、問題集を中心に、全員がセンター試験を受験する男子36人、女子7人の受験戦士のクラスでした。前年46人中30人が現役で国立の合格した、そんな教室に投げ込まれたのです。逃げ出すわけにも行かず、その日やる問題集の内容を総て覚えて、あたかもベテランのような顔をして教壇に立ち、質問されたら困りますから、質問用紙をあらかじめ渡し、質問者にはそれに書いて授業終了後に提出させ、次の時間の始めに説明するという方法をとり、何とか四月五月と過ぎていきました。しかし、毎日午前二時くらいまで必死になって勉強しても専門以外のしかも始めてやる教科ですから、どうしても追いつかないのです。その内、微熱が続き、体調が悪くなり、ついに決心して、正直に私が専門でないこと、受験地理は初めてだが、一生懸命頑張るから、宜しくといったことをいい、職員室に帰りました。明日からどんな顔をして授業に行こうか、悩んでいると、昼休み、男子三人、広大医学部受験、京大理学部受験、日本気象大学受験の予定者がやってきて云うのです。「先生、先生の授業はおもしろいんだ。だから、今のままでいいからこれからもたのみます。先生は一時間に一つか二つ、間違いを云うでしょう。あれがいいんです。」「でも、次の時間にそれを必ず先生は確認して訂正する。だから僕たちはみんな、先生はわざと間違いを云っているのだと思っていました。授業が終わったあと、今日はここだとか、これはあっていたとか言い合って、その日、学んだことが頭に入る、何処で間違いをするかを探すのに集中して授業を受ける。だから、試験前にあまり、やらなくてもまずまずとれるんです。先生が気にすることはありません。これまで通りでいいですから。」そう言って、部屋を出て行きました。放課後、女子の生徒が三人やってきて、同じようなことを行って帰って行きました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、その時どれほどこの子供達に感謝したことでしょう。体調もよくなり、失敗を繰り返しながら、一年が過ぎ、生徒達は総てセンター試験に挑戦し、何と、隣のクラスよりも二点平均を上回り、最後の授業で、生徒達から深い感謝をいただきました。私は、教師が一生懸命生徒を思い、努力していれば、生徒達は教師の失敗を許し、反対に側に寄ってきて支えてくれる。真に学ぶ者は謙虚であり、そしてお互いが暖かく、思いやる。私が校長になってずっと口にする言葉。「教師の真面目な失敗を生徒は許します。教師たる者は真面目に失敗する勇気を持ちましょう。互いに教師と生徒が、学び合い、許し合い、共感するとき、生徒も教師も大きく成長することが出来る。」あの時の優しさにふれて生まれた言葉です。さて、本日の話はこれで終わりです。今日も静かに私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１０月２７日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-9100679874225542615?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/9100679874225542615'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/9100679874225542615'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2008/10/blog-post_27.html' title='平成二十年度後期始業式式辞'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-1847408636303020177</id><published>2008-10-27T12:25:00.000+09:00</published><updated>2008-10-27T12:26:44.525+09:00</updated><title type='text'>平成二十年度前期終業式式辞</title><content type='html'>平成二十年度前期が終了いたしました。生徒の皆さんは第三試験が終了して、ほっと胸をなで下ろしているところでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、昨年度までと、今年の違いはこれから今週末まで、秋休みをもうけたと云うことでしょう。本年は、夏休みを短縮し、この秋休みを昨年より三日延長したわけです。では、何故このようにしたのかということについて皆さんで考えていただきたいのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私達人間は、一般に意志が弱く、一年の計は元旦にありといって色々今年はどうしよう、こうしようと目標を掲げ、その目標に基づいて努力するわけですが、なかなか思い描いたように過ごすことが出来る人はいないようです。人によっては、年の初めに描いた目標すら､途中から忘れてしまって、その日その日を何も考えることなく、時の流れに身を任せて過ごす人も出てくる始末です。そして、一年の歳月が流れ、新しい年が近づいてくると、ふと「嗚呼また、こんなだらしない生き方をしてしまった」と云って思い悩み、自分の不勉強を他人の責任にしたりしてその場を紛らわし、そしてまたそれを繰り返し、歳月を重ね、年を取っていく人々の何と多いことでしょうか。人間総てが強い意志を持っているわけではなく、大半の人は意志が弱く、失敗を繰り返しながら生きているのです。しかし、その中の多くの人が、同じ失敗を繰り返さないように、一年の途中で、目標を確認し、達成できていないことの原因を問い、新たにどうすればいいのかの対策を講じ、新しい気持ちでもう一度挑戦して生きています。その意味で、目標に対して一年に二度か三度、振り返って修正することが必要なのです。そして、修正された新しい目標の下に再び立ち上がることが大切です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間は誰も失敗するのですから、肝心なことはその失敗を受け入れ、そこからいかに立ち上がるかどうかが重要なのです。その意味で、この秋休みは、前期の終了、そして後期を新しい気持ちで迎えるための重要な節目の時として理解していただきたいのです。前期で達成できていないものの確認や、苦手科目が出来つつある場合はその克服に努めていただきたいと思っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私達教職員は休みではありませんから朝から全員が揃って、皆さんの相談などに積極的に耳を傾けたいと思っています。休みというのはその活用法で、生徒の成長に大きな差を導くものです。皆さんはその趣旨をしっかり理解し、秋休みの趣旨に添った生活をしていただきたく、お知らせをする次第です。また、一生懸命頑張って目標通りにいっている生徒の皆さんは、更に飛躍するように頑張りましょう。中学時代は心の変化の激しい時ですね。心を落ち着け豊かにする意味で、優れた芸術品に積極的に耳を傾けたり、深く見つめたりすることが大切です。皆さんにとって意義深い秋休みになりますように祈念をして私の式辞といたします。さて本日の話はこれで終わりです。今日も静かに私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１０月２１日）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-1847408636303020177?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1847408636303020177'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/1847408636303020177'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2008/10/blog-post.html' title='平成二十年度前期終業式式辞'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-6807164899738529461</id><published>2008-09-24T16:38:00.001+09:00</published><updated>2008-09-24T16:41:15.608+09:00</updated><title type='text'>公共物を大切にするということ</title><content type='html'>　おはようございます。庭の樹木も木の葉が少しずつ色づき、秋の装いをしてきました。木の葉がはらはらと散っていく様は、ふと、もの悲しく、俳句か短歌の一つも安田の生徒であればひねってみたいものですね。昨年、庭一面に広がった落ち葉を生徒の皆さんが一心に箒で毎朝かき集めている、そんな姿にふれて、私はこの学校のために頑張ってみようと思ったものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、もう30年以上も昔のことになりますが、ドイツのハイデルベルクに旅をした時、私は大変に悲しい惨めな思いをしたことがあります。ハイデルベルク大学は七百年以上の伝統のある大学で、多くの世界的な学者を輩出した大学として有名です。その世界的な学者が学生時代にこっそりと書いた落書きが校内の片隅にあるのですが、その内容が人生の示唆を含んだものが多く、芸術の領域に達しているものもあり、その落書きを大切に保存してあり、それを観光客が見るというのが観光のルートの一つになっているのです。私はその観光に出かけたのですが、その廊下の入り口他、三カ所に日本語の看板が掲げてありました。その中身は「日本人は落書きをしないでください」ということです。当時、ハイデルベルクという中世都市、いわゆる田舎町まで旅をする日本人はわずかでした。そのわずかの人々の中に、世界遺産としている建物に落書きを日本語でしていると言うことです。しかもたくさんあるから我慢できずに当局者がそのような看板を書いたのでしょう。そして、私はその前から一刻も早く立ち去りたくて赤面してその場を去ったことがあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;かつて日本人は古き物を大切にし、物を壊したりしない民族で、しかも公共物を大切にする習慣を持っていました。織田信長に仕えたフロイスという宣教師が当時の日本人のことを次のようにローマカトリック教会に報告しているのです。「この国の人々は武士も町人も農民もみんな貧しい。しかしこの国の人々は貧しさを恥としていない。人々は皆礼儀正しく、親切で好奇心が強く、丁寧である。しかもどこに行っても隅々まで掃除が行き届いて清潔である。このような国の人々に私たちのキリスト教を布教するについてはよほど覚悟をしなければならない。」と書いてありました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このように優れた日本人がいつから誇りを失い、公共物を大切にしない、民族に成り下がってしまったのでしょうか。車の中から平気でゴミを捨てる、落書きをする、ものを壊す、こんな大人の姿を皆さんは見てきました。なんと悲しい姿でしょう。このような悲しい大人を見習わないで、私たち安田の学園の生徒から始めましょう。公共物を大切にし、人々の役に立つことを実践する中学生であることを誇りとして生きてゆきましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;では、本日の話はこれで終わりです。今日も静かに私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（９月１７日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-6807164899738529461?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6807164899738529461'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6807164899738529461'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2008/09/blog-post_24.html' title='公共物を大切にするということ'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-4595910253051644707</id><published>2008-09-10T11:01:00.001+09:00</published><updated>2008-09-10T11:06:30.291+09:00</updated><title type='text'>秋香る</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。お盆を過ぎた頃から、異常気象とも云われた暑さが少しずつ和らぎましたね。9月に入って暑さがぶり返すのではないかと云われていましたが、このまま行くと、穏やかな秋になりそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、秋と云えば実りの秋。日本の主食であるお米も黄金色に色づき、更に秋の野菜、ジャガイモ、里芋、サツマイモ、牛蒡、ブロッコリー、等根菜類が、そして果物、イチジク、なし、栗、が店頭に並んでいます。お魚も、秋の魚、青物が中心になり、鰺、サンマ、はまちなど、塩焼きにすると美味しい魚が目立ってきました。かつて、私達が子どもの頃、今のようにガスレンジや、電子レンジなどのように便利なものはありませんでしたから、それぞれの家庭で、七輪に火をおこし、庭先で、あるいは玄関の外で、魚の脂を含んだ煙にまみれながら、鰺やサンマを焼く風景が見られ、新米をほおばりながら家族の団らんが想像される風景がそこかしこに見られたものでした。子ども達の遊びも、この頃から変わるのです。真っ黒に日焼けした子ども達が集団で、お宮やちょっとした広場に集まり、メンコにビー玉、缶蹴りや鬼ごっこで遊びます。山に登れば、野栗やアケビ、山梨や、ムカゴを取りに出掛け、日暮れ前に広場に帰ってみんなで分け合い、家に持ち帰ったものでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;塾に行くわけでもなく、（とは言っても塾そのものがなかったのです。）学校が終わると、クラブ活動をして、家に帰り、鞄をほおり投げて、仲間と交わした秘密の場所に集まるのです。何をするわけでもなくただ一緒にいて、次の日曜日は何処に行こう、何をしよう、そんな会話で日が暮れて、家に帰ると、家族が一緒になって秋の味覚をみんなで食べます。テレビもなく、ラジオに耳を傾け、母は食事の後始末、それを姉がお手伝い。父は、仏間で読書、そして兄はいつの間にかいなくなり、下の子ども達がごそごそして喧嘩が始まる。何処にもある、ごく普通の風景、そんな家族の団らんが、この日本の至る所で何百年にもわたって営まれ、そしてそれを当たり前として生活してきた私達。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いつの頃からか、子ども達が塾に通い始める。始まりは硬筆の塾、ピアノの塾、そろばん塾、そういった教養の基礎となるようなものからいつの間にか、高校受験のための、そして中学受験のための受験塾、そして今では幼稚園、小学校に入学するための受験塾まで。そしていつの頃からか、お宮の境内は雑草に覆われ、時々老人のゲートボール。子ども達であふれていた広場には、無造作に捨てられた家庭ゴミや空き缶の山。無邪気な子ども達の笑い声や鳴き声が消えたその場所に立つとき、かつての思い出が頭の中をよぎるのです。貧しかったあの頃の私達、そして便利で豊かになった時代の貴女たち、どちらがいいというのではないのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本の四季をいつも感じながら自然と共にあった家族、そして自然を自ら捨てて生きる家族、その双方を体験した私達が子ども達になすべきことがもっとあるのではないか、これでいいのかといつも問うているのです。さて、これで本日の話は終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（９月１０日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-4595910253051644707?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4595910253051644707'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4595910253051644707'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2008/09/blog-post_10.html' title='秋香る'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-6553886898712699888</id><published>2008-09-02T12:43:00.001+09:00</published><updated>2008-09-02T12:45:09.248+09:00</updated><title type='text'>夏休みが終わる</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。あっという間に夏休みが終わりました。皆さんにとってこの休暇はいかがでしたか。今年もソフトボール、合唱部の広島県金賞受賞、等、それぞれのクラブか素晴らしい成果を上げています。皆さん、よく頑張りました。また、休み中もクラブ活動や学習に、学校で皆で努力している姿が増えて、大変頼もしく思いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、みんなで努力すると云えば、今年のオリンピックのソフトボールです。特に決勝リーグは誠に感動的でした。野球やソフトボールというのはピッチャーのワンマンショーのような所のあるスポーツに見えますが、今回のソフトボールは、斉藤監督、そして上野というピッチャーを中心に、これまでソフトボールが4回にわたってアメリカ、オーストラリアと戦って、辛酸をなめてきたその苦しさを総て喜びに変える素晴らしい組織戦であったように思うのです。外国の選手に比べると、まるで親子ほども違う体格、そしてこれまでのように、宇津木麗華、斉藤といった大砲のいない、それはまさに、本校の高校のソフトボール部やバレー部のような、そんなチームであったが故に、応援していても日本のチームの応援と云うよりも、安田のチームを応援しているような錯覚に陥りました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その中で上野投手は決勝リーグを一人で投げ抜き、その球数413球。1回戦で、アメリカに敗れ、その試合の5時間後にオーストラリア戦。広瀬のホームランでリードした日本は、7回2アウト、後一人と云うところまで来て、その255球目でした。7回はじめに上野がマウンドに遅れてあがりましたが、その時、彼女は右足の脹ら脛に痙攣が走り、そのためか失投、ホームラン、そして延長戦。球数は延長9回279球目の時、右手中指の血豆が割れ、その皮がはげました。そして延長11回、311球目、1点を先行されました。彼女はその時、我慢すれば必ずみんなが点を取り返してくれると自分に言い聞かせて、その回を押さえます。そして劇的なサヨナラ勝ちを収めて、最後の決勝戦に臨みました。次の日、斉藤監督は上野に、今日もいけるかと尋ねたとき、上野はもちろんいけますと応え、いよいよ最後の決勝戦。アメリカです。日本はオリンピックで一度もアメリカに勝っていませんし、しかもピッチャーはエースのオスターマン、彼女はこのオリンピックで失点0、しかも前日1イニングしか投げておらず、決勝戦に向けて万全を期していました。方や上野は、前日318球を投げ、変化球を投げるときの命である中指の血豆は割れ、皮はいつの間にか吹っ飛んでいる、そんな満身創痍の日本。120キロのスピードボールを投げる彼女が、この日は100キロから110キロまでの、ストレート、そしてスライダー、ライズボールなど、打たして取る。それはまさに、皆で、組織で頑張る。全員で巨大な力に立ち向かう。互いが信じ合い、皆で声を掛け合って組織戦で挑む、そんな感じを始めから持たせました。そして、みんなでオスターマンを打ち崩し、優勝をしたのです。上野選手がその時のことを思い出して次のように行っています。「これは本当に自分なのか。自分のやったことが信じられない。諦めなければ夢はかなうんだなーと思った。これはすごく簡単そうな言葉だけど、なかなか難しく、何度も諦めそうになった。以前は自分が何とかしなければと思っていたが、今回のオリンピックではみんなで、皆を信じてやればいいと思うようになっていた。そして優勝ができた。優勝はみんなのお陰で、嗚呼、これがソフトボールなんだ。ソフトボールっていいなと思いました。」平生涙を見せない彼女がそういいながら涙を流している姿は素晴らしかったですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、3年生の皆さん、パブリックの学校では高校入試を前に今一生懸命勉強している。貴女たちは今のままでいいのかと夏休みの前に問いかけました。今回の日本のソフトの選手のように、クラスのみんなで支えあって、先生方を信じてすがり、頑張ってください。1・2年生の皆さん、クラブ活動に、そして学習に、お互いが手を取り合って、皆で、頑張っていただきたいと思います。先生方におかれましては、生徒達の前向きな心に深く耳を傾けていただき、適切な援助をいただきますように、よろしくお願いいたします。&lt;br /&gt;さて、これで本日の話は終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。　　　 （９月１日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-6553886898712699888?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6553886898712699888'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6553886898712699888'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2008/09/blog-post.html' title='夏休みが終わる'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-5254534963493116113</id><published>2008-06-27T15:06:00.001+09:00</published><updated>2008-06-27T15:07:51.798+09:00</updated><title type='text'>劇団四季「美女と野獣」最終公演で出会った人</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。先々週の金曜日、美女と野獣を見に行ってきました。皆さんが見に行った日、私は風邪をこじらせて、お休みをいただきました。そのことを劇団の方が知り、最終公演に招待をして下さったのです。まあ何と丁寧なことだろうと思いながら出掛けて参りますと、職員の方が直ぐに最もよい席に案内され、更にパンフレットもいただき、他のお客様に申し訳ないような接待でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最終公演と云うこともあってか、会場は最高に盛り上がりました。その中休みに職員の方が「校長先生、少しお時間をいただけますか。役者の方々がどうしても、校長先生にお会いしたいといっているのです。」「解りました」といって、カーテンコールの続く舞台を横目に見ながら、舞台の袖の方に案内をされました。ベルさんか、ビーストさんか、どちらがお見えになるのか。まだカーテンコールが行われている中、汗にまみれたガストンさんが、ドアから出てくるなり、私の手を取って、「校長先生、先日は素晴らしい生徒さんの前で演技をさせていただき、有り難うございました。私達劇団員は、彼女たちが深く私達の演技に共感し、温かいまなざしで見つめてくださっている姿に、演技者として鳥肌が立つような感動を覚えました。本当に有り難うございました。役者である私達は来られた観客の方々を覚えていると云うことはあまりありませんが、安田女子学園だけは今回みんな覚えています。あれほど、演じる者と、観客が一体感を持てたことはありません。あれは一千公演に一度あるかないかの感動でした。」受付を統括していた彼がまた次のように言われるのです。「私達の代表である浅利慶太先生が当日お見えになられて、安田の生徒さんと一緒に観劇されたのですが、その後、劇団員を集められて、『あなたたちはあのような素晴らしい観客に対してちゃんと応える練習をしているのか』と檄を飛ばされました。」と。私は皆さんのおかげで、最終公演のご招待をいただいたのです。皆さんどうも有り難う。久し振りに、勇気のでるお話しで、大変嬉しく思いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、このことをそっくり私達の日常に置き換えて考えてみましょう。日常の授業で、劇を演じる者が教師であり、観客が皆さんです。あの美女と野獣の時のように、皆さんは、日々の授業にも積極的に参画する力があります。もしかしたら、決してうまいとは言い難い授業をしている先生方もおられるかも知れません。事実、あの美女と野獣の中においても総ての演技者がうまいわけではありませんでした。しかし貴女たちはあの劇団四季の総ての人々に勇気を与え、やってよかった、有り難かったと思わせる力を持っていたのです。皆さんの素直な心、優しい心、共感する態度、控えめな気持ち、求める心、これらを日々の授業の中でもっと表に出していただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先生方におかれましては、私は昨年着任以来、学校は、生徒が変われば変わるのではなく、教師が変われば学校が変わると申し上げています。目の前にいる素直な生徒達のために、勇気ある変革をお願いします。さて、これで本日の話は終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-5254534963493116113?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5254534963493116113'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5254534963493116113'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2008/06/blog-post_27.html' title='劇団四季「美女と野獣」最終公演で出会った人'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-2659701083906572825</id><published>2008-06-19T12:40:00.002+09:00</published><updated>2008-06-19T12:44:00.646+09:00</updated><title type='text'>母の日に、父の日に寄せて　―親に別れを告げる日―</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。さて、今週の日曜日は父の日ですね。先月は母の日。そこで、今日は父や母を思った歌について皆さんと一緒に考えてみたいと思います。母といえば、「母さんが夜なべをして手袋編んでくれた・・」倍賞智恵子さんが歌いました。「お袋さんよ、お袋さんよ・・」森進一さん。私が一番好きな母を思う歌。「木戸をあけて」。小椋桂氏が歌った歌です。「貴女の後ろ姿に、そっと別れを告げてみれば貴女の髪のあたりにぽっと明かりがさしたよな。裏の木戸を開けて、一人夜にでれば、明かりの消えた街角足も重くなるけれど・・」これは是非合唱部に歌っていただきましょう。合唱部2・3年生の皆さんにお願いをしてありますので、よろしく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・・・・さて、とても素敵な歌声でしたね。父の歌が出てこなくなりました。（お父さん、ごめんなさい）ということで、本日は、両親との別れについてお話ししてみましょう。小椋桂さんがかつてNHKのビッグショーという番組に出られたときに、この歌を作ったいきさつを話されておられました。彼は母に三度お別れを告げた。その時に話されたことは、もう随分前の記憶ですから少し違っているかも知れませんが確か、次のようなことを語られたと思います。一度目は、父に叱られて家を出る。その時、母の後ろ姿に向かって「お母さん、さようなら」と別れを告げて裏木戸から出て行く。そして大人になって結婚をして新しい家族を持つことになった時、再び母にこれまでお世話になった事への感謝と、これからは二人で新しい家族を作るという決意を示すために別れを告げる。その時の母の髪に白髪が交じってきていることに気付き、改めて母への思いを新たにする。そして最後は、お母さんが亡くなられたときに最後の別れを告げたと云った内容であったと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私達は、いつも父や母が側にいて、私達の世話をしてくれることを当たり前に思っています。そのような無条件に私達を愛してくれるその象徴が親ですが、その親の愛情はあまりに身近に過ぎて、いつも当たり前に思い、そのことに感謝する心が持てません。それどころか、皆さんの年齢ですと、反対に親の愛情を鬱陶しく思ったり、負担に感じたりする人も多くいるのではないでしょうか。親はいつも側にいるのが当たり前。何でもしてくれるのが当たり前。しかし、いつかこの歌詞にも出てくるように、貴女たちも両親に別れを告げる時期がやってきます。その別れはどのようなものであるのか。両親に感謝し、これからは親以上に頑張るという決意のものか、それとも永久の別れになるのか､それは解りません。ただ、私は皆さんに告げたいのです。どんなに愛していても、どんなに大切に思っていてもいつかは別れる時が来る。これを会者定離といい、人間の逃れることのできない苦悩であるとブッダは解きました。それ故に、せめて父や母の日ぐらい、できればその月くらいは深く両親を思い、親に感謝したいですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「お母さん、私を生んでくれて、有り難う、お父さん私を叱ってくれて有り難う、私を励ましてくれて有り難う。私を見つめてくれて有り難う。」素直な心で、感謝しましょう。そして私も貴女たちに感謝しましょう。本日も静かに耳を傾けてくれて感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　（平成２０年６月１１日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-2659701083906572825?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2659701083906572825'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/2659701083906572825'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2008/06/blog-post.html' title='母の日に、父の日に寄せて　―親に別れを告げる日―'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-3234180412909147168</id><published>2008-04-23T16:22:00.001+09:00</published><updated>2008-04-23T16:25:46.405+09:00</updated><title type='text'>学びの態度について</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。校長の水野です。本日は学ぶ者にとって大切な態度について皆さんと一緒に考えてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本年は、これまでにない沢山の受験生が本学園に挑戦をしてくれました。その数は入試1と2をあわせると900人を超えており、例年よりも約150人も多かったのです。子どもの数が少なくなる中での増加ですから、大変に嬉しく思いましたが、一方で、受験日が早まったことから、沢山の学校に受験することが可能になり、多くの生徒の皆さんが、4校程度を受験しておられ、本当に大変でしたね。ですから、この学校を第1希望にしていた人、第2希望であった人、第3希望であった人、それぞれが違った思いで今、この学校に通っているようです。これはいつものことですが、私は生徒の皆さんは今、どんな気持ちで通っているのかなとつい思ってしまうのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;皆さんが私立の受験を意識して学習を始めたのは早い人で小学校４年、普通で５年生くらいからでしょう。たかだか2、3年くらい、少し学習しただけで、選別され、希望の通りに合格できた人は、自分は偉いのだと思い、希望が叶わなかった人は、自分はだめなんだと思いながら第2，第3，人によっては第4希望の学校に肩を落として通っている。わずか12歳の小さな、小さな心の中に深い傷をつけて、その傷を逆なでするように、しかもそれでも真実を語らねばならない校長は、なんという悲しい仕事であろうかと思うのです。こんな教育環境を作ったのは誰なんだ、子どもの夢や、能力を奪う教育環境に関わる者として、皆さんに語りたいと思うのです。たかだか2，3年の学習など所詮､知れたものです。今回の結果で、合格できたといって満足したり、自分の希望する学校に行けなかったといって嘆くことは全くありません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;肝心なことは、希望通りになった人はそのことに満足しないこと、もっと高い夢を直ちに掲げ努力することです。また希望通りにいかなかった人へ。この体験こそ、人生で最も大切な心を育てることになると言うことを自覚してください。二度と同じ失敗をしない。また長い人生では成功することより遙かに失敗することが多い。肝心なことは成功や失敗の中にあるのではなく、失敗から何を学び、更にさればもう一度といっていかに立ち上がるかという中にあると言うことです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、大人達の中にたかだかしれた大学を卒業したと言うだけで、人格的にはいかがかと思うような人が、不遜な態度で生きており、そのことで仲間から鼻つまみにされている人を沢山見てきました。とても寂しいことでした。安田の学園は、単に学力だけで人を判断する学校ではありません。他の人に対していかに優しくあるか、礼儀正しい人であるか、即ち人間の内面を最も重視し、大切にし、その上で学力をつけようとする学園です。早く、この学園で素敵に輝くように、頑張りましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;二．三年生の皆さん、貴女たちは、一年生のお姉さんです。お姉さんはお姉さんらしく、即ち、柔しく、剛くあっていただきたいと思います。期待しています。さてこれで本日の話は終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（平成２０年４月２３日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-3234180412909147168?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3234180412909147168'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/3234180412909147168'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2008/04/blog-post_23.html' title='学びの態度について'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-6110128130344282842</id><published>2008-04-17T17:42:00.001+09:00</published><updated>2008-04-17T17:44:45.948+09:00</updated><title type='text'>変革の時代を生徒としていかに生きるか</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。校長の水野です。本年度初めての合同朝礼です。1年生の皆さんは、もう学校に慣れましたか。よい友達はできましたか。何事も始まりというのは緊張して、不安なことが多いと思いますが、何か心配なことがありましたら、先日の入学式の時に、生徒会長さんが言っていたように、近くにいる先輩や、先生方に気楽に相談をしてください。きっと、皆さんの力になってくれると思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、中学校の職員室がこれまでの高等学校の職員室に移転したこともあり、2・3年生の皆さんには大変迷惑をおかけしていると思います。これまでであれば、教室の近くに先生方がおられ、中学だけということもあり、気楽に職員室に訪ねることができていたのに、今年からは、通路を越えて行かなければなりません。中学の生徒の皆さんには少々不便をかけることになってしまい、誠に申し訳なく思っています。改革というのは、目的を達成するためにより効果的に変化させることを強制いたしますが、その過程では各自に不都合なことが沢山出てきます。人間というものは大変保守的な動物で、1年でも同じことを繰り返して実践していると、そのことが不便なことであってもなかなか変えることができません。2・3年生の皆さんはこれまでとは違った職員室への対応を強制されるわけですから、早く新しいシステムに慣れてこれが当たり前になるように心がけていただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このような変革をする時代というのは、変革を自分の問題として受け入れて取り組まない限り、思いもよらず負担に感じるものなのです。ということで、生徒の皆さんも、この安田の変革を前向きに受け止めていただきたいと思います。昨年、『変革の時代に、過去はよかったとか、元に返ろうとする人は歴史から消えてゆく人だ。歴史に残る人にはなれない』と言うことを申し上げましたが、安田の学園が凛として輝くように、生徒の皆さんは、礼儀、言葉遣い、身なりに気を配り、素敵な安田生となって、クラブ活動、学習に励んでいただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、3年生の皆さん、皆さんは義務教育最後の年になりました。小学校6年、そして中学校3年、計9年間、日本国憲法はこの期間を子どもの義務教育期間として、国が責任を持って修学を保証するとしていますが、その最後の年になったのです。成績がよくなくても、欠席を沢山しても進級してきましたが、来年度からは違うのです。自分の意志で学ぶ科目を選択したり、学ぶ場所も自分で決めることになります。幸い本学園は中高一貫ですから、ほとんど自動的に高校に上がりますが、高校に上がれば総てを自分で決め、その選択に責任を取らなければならない時代にはいるのです。この暖かい母の懐のような環境で生活するのもあと1年、そのことをかみしめて、一日一日を大切にして生活してください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2年生の皆さん、先輩になった気分はいかがですか。熱いまなざしで見つめられるにふさわしい生活をしてください。期待しています。さてこれで本日の話は終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　（平成２０年４月１７日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-6110128130344282842?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6110128130344282842'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/6110128130344282842'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2008/04/blog-post_17.html' title='変革の時代を生徒としていかに生きるか'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-7863610855428960182</id><published>2008-04-10T17:35:00.000+09:00</published><updated>2008-04-10T17:37:24.280+09:00</updated><title type='text'>平成二十年度　中学校入学式　式辞</title><content type='html'>新芽香る春爛漫の今日、多数の御来賓、並びに保護者の皆様方のご臨席を承り、平成二十年度入学式を挙行できますことは、私ども安田女子中学高等学校職員にとりまして、限りない喜びでございます。高い席からではございますが、謹んで感謝申し上げます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　さて、百八十一名の新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。また、保護者の皆様方の御慶びもいかばかりかと拝し、心よりお祝い申し上げます。新入生の皆さんを迎えるにあたり、本校を代表して皆さんに一言ご挨拶を申し上げます。&lt;br /&gt;新入生の皆さん。皆さんは本学園の入学試験を自らの意志で決断して挑み、難関を見事に突破されました。皆さんの勇気ある挑戦に心から敬意を表すると同時に、ここで生徒の皆さんにお祝いと激励の言葉を送りたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;皆さんが入学されたこの安田学園は本年で創立九十四年を迎える広島県内屈指の歴史と伝統を持つ私立の女子学園です。この学び舎を巣立っていった同窓生は二万四千八百有余名を越え、広く内外で活躍をしておられます。更に本学園は「柔しく剛く」という校訓のもと、常に社会に積極的に貢献する品格のある女性の育成に心がけて参りました。このような卒業生の努力と学校職員のたゆまぬ研鑽によって県下で高い評価を受ける学校となっております。この素晴らしい学園に入学された生徒の皆さんに、お祝いの言葉として二つ、お願いを申し上げたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その第一は、本校の校訓となっております、学校創設者安田リョウ先生の掲げられた「柔しく剛く」ある女性とは、いかなる生き方をすることなのかを、自分自身に問いかけて中学校生活を送っていただきたいということです。一般的な優しさということではなく、安田学園に学ぶ者としての柔しさとは何か、剛さとはいかなることかを、学園生活を通して、積極的に語り合っていただきたいと思います。中学時代は発達心理学の立場で申しますと身体的生理的成熟期に当たり、この三年間を通して皆さんの体が大人に大きく変身する時代です。この身体的な変化を正しく理解し、より健全に成長するように体を積極的に鍛え、学習の基礎となる多様な知識の習得に努力することが皆さんにとってもっとも客観的な成長を促すものと信じます。この時代に懸命に学習し身体を鍛えること、そして、その成果に満足することなく更なる挑戦をすることによって、本学の校訓が各自のものになると信じています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　第二は、この中学校生活を通して、素晴らしい友やよき指導者との出会いをして欲しいということです。よき友、よき指導者と出会うためには、自らこつこつ学習し、自ら自分を研き、そして、回りの人に積極的に働きかけるということが大切です。人が何かをしてくれるのを待つのではなく、自分が何をすることが出来るかを問い、自ら積極的に行動し求める青春であって欲しいと思います。その為には、学習をしっかりとやることは当然のものとして、クラブ活動や生徒会活動などに積極的に参加し、心身を鍛えてください。そして、自分のために安田学園が何をしてくれるのかを問うのではなく、この学園の為に、あるいは皆さんの住む町の為に自分は何が出来るかを問うて行動し、社会の多くの人々と共に生きる喜びを味わっていただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　最後になりましたが、保護者の皆様にお願いがございます。日本の教育環境は大きな転換期にあります。本学園はそのような変革の中にあっても揺らぐことなく、幼稚園、小学校、中学・高等学校、短大、大学そして大学院に至るまでの優れた教育施設を持ち、常に教育の本道を求め努力してまいりました。しかし、新聞などの報道で毎日のように見られる少年・少女の犯罪、あるいは心に深い悩みを抱えている子女たちの悲惨な状況は教育環境が混迷の時代にあるということを物語っています。このような時代であるからこそ、私たちの安田学園から二十一世紀にふさわしい教育とはいかにあるべきかを明らかにし、広島県はもとより日本全体に発信できるものでありたいと願っています。そのために、保護者の皆様も教育活動の第三者の立場に立つのではなく、自分の子どもが通う学園を自分のものとしてとらえ、安田学園が子どもの為に何をしてくれるのかということを問うのではなく、保護者として、子どもたちの為にこの学園の為に、何をなすべきかを問うて、本校の教育活動に積極的に参加していただきたく、改めてお願いを申し上げます。これからの教育は教師と保護者、生徒が一体となって、共に成長してゆく時代だと思うのです。お子様の入学が保護者の皆様のこれからの人生にとっても喜びとなるようなあり方を模索していただきたいと思います。&lt;br /&gt;以上、生徒の皆さんと保護者の皆様にお願いを申し上げて私の式辞といたします。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　平成二十年四月八日&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-7863610855428960182?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7863610855428960182'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/7863610855428960182'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2008/04/blog-post_10.html' title='平成二十年度　中学校入学式　式辞'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-196568936633338609</id><published>2008-04-10T17:31:00.002+09:00</published><updated>2008-04-10T17:34:41.324+09:00</updated><title type='text'>平成二十年度始業式　式辞</title><content type='html'>今春は、一日の内の温度差、即ち日格差が大きく、自然界はその変化に刺激されてか、これまでの年であれば、順々に花を開かせる樹木の花が、寒椿、ぼけの花、白木蓮、そして、桜と一斉に咲いて、散り始めました。そして、一雨ごとに青葉の季節の到来を予感させ、自然界も人類の環境破壊に大きな影響を受けて、変化しているようです。 さて生徒の皆さん、新しい年が始まりました。昨年、生徒の皆さんには制度の改革を実施するとお話しして参りましたが、その結果として中学高等学校の職員室を一つに統合し、6年間、全員の先生方で生徒の皆さんの指導を行う体制が完成しました。皆さんは早くこの体制になれて、先生方と一緒になって、それぞれの夢の実現を目指していただきたいと思います。また、5学年6学年の生徒の皆さんには後輩の皆さんによい影響をもたらせるように、服装、言葉遣い、挨拶、清掃など、後輩の模範となっていただきますようにお願いいたします。今年は270名もの多くの新入生即ち4学年を、そして181名の1学年を明日、お迎えします。彼女たちはそれぞれが大きな夢と期待を持って入学してくるわけで、その熱いまなざしに応える意味で、各学年の皆さんに一つずつお願いをしてみたいと思います。&lt;br /&gt;６年生の皆さん、皆さんは受験生になりました。この受験は皆さんの人生に大きな影響を及ぼすものであり、できれば納得する戦いをしていただきたいと思っています。私的な事で恐縮ですが、私が大学の４年になった時、父が一通の葉書をくれました。私の生涯の中で父が手紙なるものをくれたのはこれが初めで最後でした。何かあったのかなと思って読んで見ると次のようなことがしたためてありました。これは私が教師になって以来3年生にずっと言い続けてきたことで、昨年の６年生にも申し上げましたが、この言葉を皆さんに贈ります。 『人生できれば、争いごとなどしないで、心豊かに生きたいものである。しかし長い歳月の中には好むと好まざるとにかかわらず、避けることのできない争いごとに出会う。できればそのような人生を決するような戦いには勝利したいし、たとえ破れるようなことがあったにしても納得できる戦いを挑みたいものであるが、この勝利の秘訣は日常の努力以外にない。』たったこれだけが書いてありましたが、私は納得して、その日以後激しく戦いに挑んだことを記憶しています。さて、皆さんの人生の中で、大学受験ほど、苛酷に好きでもない学習を強要されることはないでしょう。しかし後わずか一年で終わりです。貴方がたの人生を決するこの一年間を、つまらぬ理屈をつけて努力できない人はこれから先、いつ努力をするのでしょうか。いま努力しなければ、意味がありません。全国の高校3年生がみんな努力するときに、その努力ができない人は、きっと生涯、学習において努力などできません。この1年は、自分が学力において伸びてゆく最高のチャンスなのです。この一年間、後から考えてもあの時は本当に頑張ったといえるくらいに激しく挑戦していただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次に５年生の皆さん、皆さんは今日から、高校生としての先輩になるのです。明日、昨年、皆さんが熱いまなざしで先輩を見つめたあのまなざしを持った後輩が入学してきます。彼女達の熱いまなざしで見つめられるに相応しい５年生になってください。皆さんの中には、一年間あまりよい成績が取れず、中学時代にはまだ自信を持っていた人も高校に入って、努力を惜しんだ人はいつのまにか、自分はだめな人間ではなかろうかと思うようになり、気が付けば本当に努力もせず、校則違反を繰り返し、ただ、他人をうらやみ批判する自分に成り下がっている人はいないでしょうか。しかしよく考えてみてください。学力においてトップの生徒が優れており、びりの生徒がだめな生徒ではありません。成績の良し悪しに拘らず、諦めないで努力している生徒が立派なのです。総ての皆さんは皆、優れた青春であり、将来大いなる社会的貢献をする淑女になるのです。今の成績の如何にかかわらず、こつこつ努力をしてください。自分が努力をしているかいないかは、他罰的になっているか、自分を反省して他に感謝をする心を持っているかのどちらかです。このことを基準において自分探しに努めて下さい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次に3年生の皆さん、中学部最後の１年を、有意義なものにするために、まず、今､皆さんが身に着けている礼儀や作法を、安田の校訓である「柔しく､剛く」と結びつけ、安田の生徒とはいかに生きることを言うのかを深く問いただす1年にしてください。皆さんの心の中に芽生えている新しい貴女自身が､本学の校訓に深く納得ができるように、自ら考え、自らの意志を持って生活するようにしていただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後に、2年生の皆さん､明日、1年生が入学して参ります。昨年貴女たちがそうであったように、不安と期待をもって入学してくる1年生が最も熱い目で見つめるのは貴女たちです。昨年の貴女たちを思い出し、熱いまなざしで見つめられるにふさわしい生活をしていただきますようにお願いします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最後になりましたが、先生方におかれましては、昨年度は、組織の改革や入試の改革など、外目にも大きく変わる1年であり、大変ご苦労をおかけいたしました。本年は、改革最後の年、即ち、教育内容の変革に挑戦をすると皆さんで確認をしたところです。この席で昨年から何度も申し上げて参りましたが、学校は生徒が変われば変わるのではなく、教師が変われば学校が変わると申して参りました。事実、先生方はこの変化を積極的に受け入れ、よく努力していただきました。本年はいよいよ、授業内容において、子ども達に確実に力をつけるために私達の授業をいかに変えるかを問う1年です。失敗を畏れることなく、自己変革に激しく挑戦し、生徒達の期待に応えていただきますようよろしくお願いして私の式辞とします。さて、本日も静かに私の話に耳を傾けていただきました。感謝します。どうも有難う。 　　&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　（平成２０年　４月７日　前期始業式）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-196568936633338609?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/196568936633338609'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/196568936633338609'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2008/04/blog-post.html' title='平成二十年度始業式　式辞'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-4106207815971531888</id><published>2008-02-26T18:48:00.001+09:00</published><updated>2008-02-26T18:50:30.204+09:00</updated><title type='text'>自然を深く観察する習慣を身につけよう</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。校長の水野です。ここ数日雪がちらつく本当に寒い日が続きますね。数日前、本校の庭に雪が積もりましたが、中学の玄関の左横の水仙の花は、その雪の白さに埋もれることなくりんとして、高雅な香りを私に寄せてくれました。なんとけなげに、精一杯の咲き誇れる姿であろうか、しばし足をとどめて見とれておりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一昨日の夜のことですがアインシタインの眼というテレビ番組があり、その中で時速300キロ以上の高速で電車を走らせるために最も大きな障害になったのは騒音を押さえる工夫をどのようにするかということであったという話がありました。研究者達は音を出さないための研究に没頭しましたがどうしてもその克服ができなくて、時速300キロ以上の高速を諦めようとした時、ある人がどんな鳥も飛ぶときに羽ばたく音がするけれどもフクロウだけは音がしないという話を聞いてきて、フクロウの研究が始まったそうです。フクロウの観察を徹底的に行い分析をした結果、フクロウの羽の構造の中に音を出さない工夫が見られ、フクロウの羽をヒントにしてファンタグラフに工夫を加えたところ、騒音を押さえることができたといっておられました。それ以外にもこびりついた油を水で取り除くことのできるタイルはカタツムリの殻の研究によってとか、蓮の葉の研究によって水をはじく紙が造られたという紹介もありました。いずれもこの自然界を深く観察し、そこから新しい研究結果が見えてきたということでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このようにいわれてみると、私達が学習している理科の教科書の内容は総て、自然界を深く観察し、その自然の中にある法則をまとめたものです。即ち自然界の法則を理論化したり、数字に置き換えたり、計算式に置き換えたものが真理として教科書に載せられているのです。あの難解に見える科学の内容も始まりは、深い関心を自然に寄せて真摯に見つめることから始まっているのであり、それは誰にでもできる、特殊な能力を持った者のみに許される研究の世界ではないということです。そして、はじめて発見した人の名前が、その原理の名になっている場合が多いようです。遺伝子についてはメンデル、液体圧力はパスカル等々、皆さんを悩ます理科の様々な原理は、この自然界の繰り返し行われている営みとそれを真摯に観察する人間の眼との合作です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;理科離れとか、数学嫌いの日本人とか言われていますが、それはどうも違っているのではないかと私は思うのです。この豊かな日本の自然に目を向けさせないで、大人の価値観ばかりを押しつける教育こそが原因であるといえないでしょうか。私達はこの地球の毎日の営みを深く観察する習慣を身につけましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところでその番組の中で、フクロウの観察から音を出さないパンタグラフを発見した人物が次のようなことを言っておられました。「私達人間は自然を開発するとか、改良とか言っているが、それは大変おこがましいように思う。自然に寄り添い、自然から教えてもらうことで、総てを解決する知恵がえられると思うのです。」と。日本人が古来より身につけてきた自然との関わり方の中にこそ、真理を見いだす態度があるということを教えていると思いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、今日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（平成２０年　２月２２日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-4106207815971531888?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4106207815971531888'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/4106207815971531888'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://yasudaj-kunwa.blogspot.com/2008/02/blog-post_26.html' title='自然を深く観察する習慣を身につけよう'/><author><name>安田女子</name><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-200321847048033556.post-5602179944352368115</id><published>2008-02-13T18:39:00.002+09:00</published><updated>2008-02-13T18:42:49.607+09:00</updated><title type='text'>中学校の入学試験の風景から</title><content type='html'>生徒の皆さんおはようございます。校長の水野です。先々週は中学の入試でしたね。入試Ⅰと入試Ⅱを合わせるとおびただしい数の小学生が本校の受験に挑戦しました。貴女たちは昨年、一昨年と、あのように挑戦したんですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はこれまで38年間、高校の受験生のみを見てきましたので小学6年生の受験生というのは本当に新鮮に感じると同時に、小さな少女の純粋な心の中に、合格・不合格に関係なく、何かしらの色を塗りつけるのだという、何ともいえない気持ちが支配して苦しかったです。それはこのような小さな子どもの心を傷つけたくないという気持ちと、この純真な子どもの挑戦に対して敬意を表し、真摯に取り組むべしという心が入り交じったものでした。非常に大きな罪を犯しているのではないかという気持ち、更にこの子ども達の夢に応えるための一歩を創造しているのだという気持ち、その責任の重圧、これらが複雑に絡み合って、私は受験生の顔を見ることができませんでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;入試Ⅰの発表においても、発表前に発表会場に足を運びましたが、発表の瞬間はその場にいることができませんでした。入試Ⅰも入試Ⅱも受験生の半数が不合格になったわけで、不合格を知った瞬間あの子ども達はどんなに深く傷付いたことだろうか、また合格の届けを見た子ども達も合格ということでどのような心を導いたのか。あの親子はどんな気持ちで家路を急いだのだろうか、私の心の中に深い罪の意識が芽生えてきて、はじめてこの仕事を辞めたいと悩みました。小学校6年生の子どもの目はそれほど純粋な感じがしたのです。中学の先生方には、合格者の顔を見る必要はない、不合格にした子どもや親の姿を眼に刻みなさいと言いました。あの方達の悲しみを忘れてはいけないと思ったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;教育というのは罪な仕事だなと深く悩むようになったのは40歳を超えた頃でしょうか。毎年、今頃大学入試・センター試験に失敗し、更に前期の試験にも失敗した生徒達が心をずたずたに引き裂かれて、それでも藁をもつかむ気持ちで私の所にやってきました。30代の後半から50代半ばまでの20年間、数十人を朝から晩までこちらもへとへとになりながら指導し、最後の試験に挑戦させ、それを見送るのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;明らかに小論文試験で最高点を取ったとしても合格のラインに届かないセンター試験の結果であっても、「諦めないで最後まで」という私の言葉に奮い立って、私の書いたお守りを握って、東西南北の大学に出掛けました。その後ろ姿を見送る度に深い罪の意識におそわれ、最後は耐えられなくなって出家しました。しかし頭を剃髪して墨衣に身を包み、修行の中でもその罪の意識から逃れることはできず、再び小論の指導に没頭し、昨年ようやく退職をしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして本学にきてもっと深い罪の意識を私の中に取り込むことになりました。本学はあのような純真な子どもの願いに本当に応えているか。学校をあげて、辛い思いをさせた子どもの願いに応える努力をしているか。入試は、受験生の学力を問いますが、一方で私を筆頭にそこに所属する教師が問われなければならないと思うのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、今日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（平成２０年２月１３日　合同朝礼）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/200321847048033556-5602179944352368115?l=yasudaj-kunwa.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/200321847048033556/posts/default/5602179944352368115'/><link rel='self' type='application/atom+xml' 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