生徒の皆さん、おはようございます。早いもので、明日からもう師走。歳月は人を待たずという言葉がありますように、時は人間の意識に関係なく確実に流れてゆくようです。この歳月とは、時間とは、どのように概念づけられているのでしょうか。一日は地球の自転、すなわち日の出から日の入り12時間、日の入りから日の出までの12時間、計24時間を24分割した長さを1時間とし、一時間を60分、1分を60分割して1秒という単位を設定しています。そして、太陽が天球を一巡する周期365・24日を1年とし、私たちはこの1年の中で様々な節目の日を設け、更にユダヤ教の安息日を日曜日にして生活をしているわけです。時間だけでなく、距離の問題についてみますと、その基準を地球の子午線におき、1メートルを子午線の4千万分の1として設定されています。
ところで、この時期になりますといつも、「早いものでもう師走」、あるいは「年の瀬が迫りましたね」というのが挨拶になりますが、皆さんの中には、歳月の流れが大変緩やかに、もしくは遅く感じる人がいるかもしれません。確かに、先生方でも、30代の先生にとって1年は緩やかで、乗り物に例えると、乗り合いのバスの速さくらいかもしれませんが、40代になるとそのスピードが増し、機関車に、50代は新幹線、60代は飛行機で、70代はまだ体験していないのでわかりませんがきっと、ジェット機並みになる速さで時が過ぎてゆくのだと想像するのです。すなわち、時間は年齢によって、人によって、環境によって、様々な側面で感じ方に違いがあるようです。
初めに述べましたように、時間という概念は普遍的なものであり、いついかなる時でも、人間の意識に関係なく流れてゆくものなのですが、なぜその時間を人間は早く感じたり、緩やかに感じたりするのでしょうか。それは私たち人間の感覚の作用に原因があるわけですが、このような日常の身近な問題について生徒のみなさんが興味を抱き、疑問を抱いて調査していただきたいと思っているのです。小学校であろうが、中学校であろうが学問の入り口というのは私たちの身近にある自然界の動きに対して疑問を持つことが大切であり、その疑問に対して問い続けることによってすべての発明や発見はなされているのです。皆さんがよく知っているニュートンの万有引力の発見はリンゴが木から落ちる風景を見たからだといわれています。私たちは物が落ちる風景にはたくさん出会います。学校で机の上に置いた鉛筆が床に落ちる、バトン部の生徒が練習でバトンを落とす。その時、なぜという疑問を持っていれば、そこから発明や発見は始まるのです。
皆さんの持っている理科の教科書はそのような疑問から生じた発見の宝庫です。いつか将来、皆さんの疑問から生じた新しい発見結果が教科書に載る日が来るかもしれません。そんな日が来たらいいですね。先生方は皆、その日を夢見て皆さんを見つめ、そして今年も暮れようとしているのです。
さて、本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。
(11月30日 合同朝礼)
2011年12月17日土曜日
読書の秋に長編小説に挑戦しよう
生徒の皆さん、おはようございます。秋の夜長を皆さんはどのように過ごしているのでしょうか。第3試験の皆さんの結果を見せていただきましたが、少し油断をしている人が増えた気がします。気を引き締めて、夕食後の午後8時から12時くらいまでは皆、自分の机に向かい、学習に励んでください。
ところで、秋といえば読書ですが皆、どのような本を読んでいるのでしょうか。現在は、便利な機器が発売されており、本をめくって活字を追うのではなく、パソコンや、携帯で読んでいる人もいることでしょう。そのような人も含めて、すべての生徒の皆さんに、ぜひ挑戦してほしいことがあります。それは、この秋の夜長を長編小説あるいは随筆などをじっくりと読む機会を持っていただきたいということです。世界文学全集でも、日本文学全集でも、歴史の本、何でもいいですから一枚一枚ページをめくってじっくり読む時間を持ちたいものです。
私的なことで恐縮ですが、私が初めて長編小説に挑んだきっかけと読んだ本について皆さんに紹介してみたいと思います。それは中学2年のちょうど今時のことです。世界文学全集が父の部屋にあり、その中の1冊、コナン・ドイル著のシャーロックホームズの冒険を取り出して読んでいると、日ごろはそばに行くだけで怖かった父が、何かしら優しい目で、「何を読んでいるのか」と声をかけてきました。日頃はまともに父と話などしたこともなかったので、緊張しながら「この本は面白い」というと、にこっと笑って父の部屋に入ってゆきました。そして次の日、「その本が読み終わったらこれを読んでみるといい」と言って手渡してくれた本があるのです。それはパールバック女史の『大地』という本でした。その本の分厚さに圧倒されそうになりましたが、怖い父親が初めて優しいまなざしで私に本を紹介してくれたこともあって、何とか読んで見ようと思い、机に向かいました。読み始めてしばらくすると、もはやその内容のスケールの大きさに圧倒され、時間のたつのを忘れ、夜は布団の中に入って読みふけり、気が付くといつの間にか眠っているという具合であったように思います。今でも主人公の王龍が地主の家に自分の妻となる女性をもらいに行く風景、そしてその彼女が当時の清の女性の風習である纏足をしていないことへの落胆した彼の気持ち、作物が実って安堵の気持ちになった時、イナゴの大群がその畑を襲う風景、まるで目の前に見えるようなすばらしい表現に吸い込まれ時の過ぎるのを忘れていました。
その後、ディケンズの二都物語等次々教えてもらい、中3、高校の時代は世界文学全集に並行して日本文学全集を読み漁っていました。私の片目だけがひどく近視になったのは、その頃、布団に入って少し首を傾げて読む習慣からではないかと思っています。ともあれ、一冊の長編小説『大地』は自分の思考の基本のようなものを作ってくれた気がします。それほどその本は大きな影響を私に残しました。皆さんも是非、長編読破に挑戦してみてください。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。
(11月9日 合同朝礼)
ところで、秋といえば読書ですが皆、どのような本を読んでいるのでしょうか。現在は、便利な機器が発売されており、本をめくって活字を追うのではなく、パソコンや、携帯で読んでいる人もいることでしょう。そのような人も含めて、すべての生徒の皆さんに、ぜひ挑戦してほしいことがあります。それは、この秋の夜長を長編小説あるいは随筆などをじっくりと読む機会を持っていただきたいということです。世界文学全集でも、日本文学全集でも、歴史の本、何でもいいですから一枚一枚ページをめくってじっくり読む時間を持ちたいものです。
私的なことで恐縮ですが、私が初めて長編小説に挑んだきっかけと読んだ本について皆さんに紹介してみたいと思います。それは中学2年のちょうど今時のことです。世界文学全集が父の部屋にあり、その中の1冊、コナン・ドイル著のシャーロックホームズの冒険を取り出して読んでいると、日ごろはそばに行くだけで怖かった父が、何かしら優しい目で、「何を読んでいるのか」と声をかけてきました。日頃はまともに父と話などしたこともなかったので、緊張しながら「この本は面白い」というと、にこっと笑って父の部屋に入ってゆきました。そして次の日、「その本が読み終わったらこれを読んでみるといい」と言って手渡してくれた本があるのです。それはパールバック女史の『大地』という本でした。その本の分厚さに圧倒されそうになりましたが、怖い父親が初めて優しいまなざしで私に本を紹介してくれたこともあって、何とか読んで見ようと思い、机に向かいました。読み始めてしばらくすると、もはやその内容のスケールの大きさに圧倒され、時間のたつのを忘れ、夜は布団の中に入って読みふけり、気が付くといつの間にか眠っているという具合であったように思います。今でも主人公の王龍が地主の家に自分の妻となる女性をもらいに行く風景、そしてその彼女が当時の清の女性の風習である纏足をしていないことへの落胆した彼の気持ち、作物が実って安堵の気持ちになった時、イナゴの大群がその畑を襲う風景、まるで目の前に見えるようなすばらしい表現に吸い込まれ時の過ぎるのを忘れていました。
その後、ディケンズの二都物語等次々教えてもらい、中3、高校の時代は世界文学全集に並行して日本文学全集を読み漁っていました。私の片目だけがひどく近視になったのは、その頃、布団に入って少し首を傾げて読む習慣からではないかと思っています。ともあれ、一冊の長編小説『大地』は自分の思考の基本のようなものを作ってくれた気がします。それほどその本は大きな影響を私に残しました。皆さんも是非、長編読破に挑戦してみてください。さて、本日の話はこれで終わりです。本日も私の話に耳を傾けていただき、感謝します。どうも有り難う。
(11月9日 合同朝礼)
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