2011年11月29日火曜日

文化の日に

生徒の皆さん、おはようございます。明日は文化の日で祭日です。明日は、これまで日本の文化活動に大きく貢献した人々に文化勲章が授けられます。本年の受賞者は赤崎勇、大樋年朗、丸谷才一、三谷太一郎、柳田充弘ですね。ところで、初めて文化勲章に輝いた女性はだれか知っていますか。その人の名は上村松園といって、日本画の大家です。本日は文化勲章女性第一号である彼女について少しふれてみたいと思います。

彼女の芸風は生涯一貫して変わることなく、日本女性の品位溢れる美しさを描いておられますが、そのことについて彼女は『青眉抄』という彼女の記した本の中で「私は日本女性の冒しがたい凛とした姿を表現したいと思いました」と述べています。ところが彼女の全作品中でたった一点、女性の激しい怨念というか、嫉妬心というようなものを表現した作品、即ち『源氏物語』の中に登場する女性「六条御息所」の姿を描いた「焔」という作品があるのです。これは、葵上を訪ねて自分のところに来なくなった主人公光源氏への未練と、激しい嫉妬心、そして、その悲しい運命を誰にも告げることの出来ない己を呪ううちに、次第に般若の形相になる一瞬を描いた秀作です。彼女はこの作品について次のように述べています。「私はその頃、一人の女性として生きるか、それとも芸術家として生きるかの狭間で苦悩していました。どちらを選択するべきか迷いながら作品の制作に打ちこんでいるうちに、あのような激しい作品になったのです。」

絹の上に描かれた六条御息所の立ち姿、嫉妬でやせた白くそして細い手、目には白目のところを裏ごしといって、日本画用の絹地の裏から銀を鈍い光を放つような塗りこみがなされ、(現在は銀が化学変化して黒ずんでいます)凄い迫力で迫ってきます。上村松園はちょうどその頃、おなかの中に明かすことの出来ない人の子どもを宿していたのです。結局、彼女は最後までその父親の名前を明かすことなく、芸術家として生きることを選択し、当時は社会の激しい批判にさらされる未婚の母となり、芸術に一生を捧げました。この作品以後は、迷いはなく日常の生活風景から日本女性の美しさ、母親の暖かさなどを描き、1949年、女性として第一号の文化勲章を授与されています。彼女の作品の中にこの季節の女性の生活を描いた作品として晩秋という、障子紙の張り替え、修繕をしている姿を描いたものがあります。群青に胡粉を混ぜて秋の空のような無地の着物を着た慈愛にあふれた母の姿がとても印象的です。ぜひ図書館でその作品を見てください。

ところで、3年生の皆さん、天才といわれた彼女でさえも常に作品の制作に当たり悩みに悩み、努力に努力を重ねていることに気づいてください。青春真っ只中の皆さんにとって勉強を継続するというのは辛いことでしょうが、今、回りにいる友と松園に負けない激しい努力をしてください。また一、二年生の皆さん、勉学にクラブ活動に、仲間と共に精一杯頑張っていただきたいと思います。
さて、本日の話はこれで終わりです。本日も静かに私の話に耳を傾けていただき感謝します。どうも有り難う。
                   (11月2日 合同朝礼)